44 石けんの楽しみ
2004.8
何ヶ月か前、若い友人が石けんをプレゼントしてくれた。ぼくが出した本を送ってあげたそのお礼ということだった。けれど宅急便で送られてきた石けんを見たときは、あんまり嬉しくなかった。石けんを贈られて喜ぶ男はまずいない。
ところがその石けんをよく見ると、何やら普通のものとは様子が違う。いくつもの石けんの形がまちまちで、しかもその一つ一つに「ミツバチのマーチ」とか、「太陽がいっぱい」とか、妙な名前がついている。そして、何やら甘い香り。その香りが、いわゆる「石けん」らしからぬ、トロリとした濃い香りなのである。お礼の電話をすると、友人は「やあ、かみさんが今はまってまして。」とのこと。そうか、奥方の趣味だったのか。
それからはお風呂に入るのが楽しみになってしまった。そもそもぼくは、匂いのいいもの、香るものにはめっぽう弱いのである。だから香水なんてぼくには危険きわまる代物なのだ。いい匂いの香水をつけている女性などには、ついふらふらと後をつけていきそうになってしまう。(実際にはついて行きません。念のため。)最近はやりのアロマテラピーだって、ほんとうは片っ端から試したいくらいなのだが、面倒なのでしないだけの話。
そんなわけで、友人のくれた石けんは至福の時間をもたらしてくれた。ただその石けんは、柔らかいので、すぐになくなってしまうのだ。もらった10個ほどの石けんを全部使ってしまうのに、3ヶ月もかからなかった。
先日家内と久しぶりに横浜の赤煉瓦倉庫に行ってみた。その石けんはそこで売っているとその友人から聞いていたからである。売り場は若い女の子でごった返していた。男なんて女の子にくっついているのがチラホラいるといった程度。中年(初老)の男なんてぼくひとり。
店には、シャンプーやら入浴剤やら、色とりどりの品物がありとあらゆるいい匂いを発しながら所狭しと置いてある。石けんは、色とりどりの大きなかたまりが山積みになっており、それをケーキみたいに包丁で切り分けてくれるのだ。これはたまらない。匂いだけではなく、色にも弱いのだ。
けれども値段がやたら高い。100グラムで400円はする。しかもあっという間になくなるのだ。やめとこうか思ったが、やはり諦めきれず、3種類を100グラムずつ買ったら、何と1700円もとられた。濃い紫色に惹かれて買ったものが一番高い奴だったのだ。まあ、それもよかろう。ささやかな、夏の贅沢である。