39 はかなきデジタル

2004.7


 ワープロを使い始めてからおよそ20年、途中でパソコンに移行して今日に至るが、こうしたデジタル機器の恩恵は海よりも深く、感謝の気持ちを忘れたこととてないが、それでもこの間になめた辛酸もまた山よりも高い。辛酸なめ子もびっくりの辛酸ぶりである。

 もっとも、多少ともデジタル機器の恩恵を被っている者は、えー? うそー! といった仰天の辛酸の一つや二つはなめたはずで、何も自慢するほどのことではないが、ワープロを使い始めて4〜5年の頃、学校の生徒名簿の版下を自分で作ってしまおうなんてバカなことを考え(機械が仕事を作るってことのいい例である)、夏休みをつかっておよそ1000人分の生徒の名前、住所、電話番号の入力に着手したのだが、600人ほどのデータを入力しおえて、そうだこの大事なデータに万一のことがあっては大変だと、バックアップをとろうとして行った操作を間違え、その600人分のデータが一瞬のうちに消えた時は、この世の終わりかと思ったものだ。頭を抱えて床を転げ回ったが、そのデータは二度と戻ってはこなかった。

 それでもめげずに、次男をアルバイトに使ったりして、1000人分の入力を無事終えたことは誠に慶賀すべきことではあったが、そのとき、デジタルなもののはかなさを骨や身に刻み込んだ。デジタル機器を使っている以上、どんなあり得ない事態に遭遇しても、けっしてうろたえないこと、決してデジタル機器をうらまないこと。そうした信条を胸に刻み込んだ。

 けれども、その後も仰天の辛酸は我が身をおそいつづけた。昨日も、朝のテレビの占いでは幸運第一位の天秤座だったのに、こともあろうにウイルス対策のソフトの信じられない不具合により、この1年分の受信メールが一瞬のうちに消失してしまった。別にメールを使って商売をしているわけではないから、なくなってもかまわないといえばいえるのだが、今までにもらった年賀状を全部とってあるような我が身の精神のありようからすると、1年分のメールが消えたというのは、一種の辛酸であることには違いない。「天秤座が一位です」が聞いてあきれる。

 デジタルデータは、便利だがはかない。昔はよくボタン一つで核戦争が起きるのだということが言われたものだが、まさにボタン一つですべてが無になる。ボタンを押さなくても、何かの不具合で、すべてがパーになる。40年も前の黄ばんだ年賀状が、今は何かスゴイモノに思えてくる。


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