31 嬉しいサイン

2004.5


 「栄光学園物語」が出版されてから、およそ一ヶ月たった。幸いにも好評を得て、聞くところによると、神奈川県内の有隣堂書店では週間ベストセラーの第10位になったとか、藤沢の有隣堂書店では村上龍の「13歳のハローワーク」を抜いたとか、鎌倉の島森書店では養老先生の「死の壁」「バカの壁」に次いで第3位とか、いろんな噂が飛び交っている。しかもそれが単なる噂ではなく、みな本当らしい。もっとも、有隣堂書店、島森書店のいずれも社長が栄光学園の卒業生だという事情もあり、会社をあげて応援してくれているからこその結果であろう。けれども、「死の壁」「バカの壁」「栄光学園物語」が上位3位だということは、栄光の卒業生でベストスリーを独占したわけで、アテネのオリンピックで日の丸が3本あがったようなもので、なかなか気持ちがいい。

 今日、勤務校は栄光祭(文化祭)の初日。ここで売らなければどこで売るというような絶好の機会とあって、購買部の方が休日返上で販売にあたってくださることになった。ぼくも、時間があれば売り子になりますからと言いつつも、まずは顧問をしている演劇部の公演のことで頭がいっぱいだった。

 その演劇部の芝居も無事終わり、ほっと一息ついた所へ、購買部の方が「ヤマモト先生、サインを欲しいという人が行列を作っています。早く来てください。」と楽屋に駆けつけた。おお、それならばと駆けつけると、もう行列はなかったが、そのままそこに座って売り子になった。すると、次から次へとお客さんが現れ、サインを、サインをというのだ。ぼくのサインなんて何の価値もないのになあと思いつつも、まるで有名作家か芸能人にでもなったような気分で、内心、嬉しくってしょうがない。まったく単純な男である。それで、結局3時間ほどサインをし続けるはめになった。

 サインといえば、大学生の頃、尊敬してやまなかった森有正に幸運にも会うことができ、20分ほど食事をしながら話をすることまでできたのに、その場に持っていった著書「バビロンの流れのほとりにて」にサインをしてくださいとどうしても言い出せなかったことが思い出される。もし、そこで拒否されたら一生の悔いになると思ったからだ。けれども、自分の本にサインをすることが、こんなに嬉しいものなら、森さんもきっと快くサインをしてくださっただろうと思うと残念でならない。人間、ミーハーがいちばん率直でいいのだ。


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