30 あやしい二人

2004.5


 年に数回しか行かない寿司屋だが、行くと必ずといっていいほど何かが起こる。元県会議員殿との偶然の出会いがあったばかりだが、自分の本の出版祝いだとか理由をつけてまたその寿司屋に出かけた。まあそんなに高い寿司屋じゃないわけだ。

 さて、今度は前とは違って、あんまり品のよくない夫婦ものと思われる先客がすでにいた。日曜日だったので、いつもより出足がはやく、結構混んでいた。ぼくら夫婦はカウンターの角の席を指定されて、お互いが90度の角度で並ぶような格好で座ったのだが、家内の左隣にえらく派手な化粧をした中年の女が座り、その隣には土建屋風の中年の男。さらにその隣にはこれはまあ普通の中年夫婦が座って寿司をぱくついていた。

 派手な化粧の女が、あら赤身っておいしいのね、というと、隣の夫風の男が、そうさマグロは赤身がうまいんだ、と得意そうにいう。こんなおいしい赤身初めて、もうひとつもらおうかしら、なんていってさかんに二人で赤身を食べている。マグロは赤身だなんていかにも通ぶった話だが、そんなにうまいんだろうかと、影響されやすいぼくはさっそく食べてみたが、うまくもなんともなかった。やっぱり中トロのほうがうまい。

 そのうち、男の頼んだ酎ハイがその隣の夫婦のところに間違って置かれたりしたが、やあすみませんなんてその隣の夫婦にも愛想がいい男で、まあこれも普通の夫婦なんだと思っているうち、ふいに厚化粧の女が席を立って帰ってしまった。男の方はそのまま残って、このあともう一人くるからこの席を空けておいてくれといって寿司を食ったり酒を飲んだりしていたが、ふと気が付くとその男もいない。そのころにはこっちもいいかげん酔っぱらっていたので、それも気にしていなかったが、その空いた席の隣の夫婦と店の店長がヒソヒソ話している。

 どうもやられたらしい、なんて言葉が聞こえてくる。え? どうしたの? もしかして食い逃げ? と聞くと、店長は、どうもそうらしいです、初めてのお客さんですしね、と苦笑いして頭を掻いている。

 鮮やかとしかいいようがない。すごい! 食い逃げの現場なんて初めてみたと興奮していると、家内は、静かにしなさいとぼくを制しておいて、どうもあやしいと思ってたんだ、一回目のトイレからは帰ってきたけど、次に出て行ったときにはライターもなかったしね、なんて言ってる。ミステリー好きの家内はしっかり観察していたのであった。


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