9 おねだり

2003.12


 クリスマスを前にして、彼女が彼氏におねだりをする場合、高額なブランドものだとちょっと口では言いにくいので、メールでおねだりするのを助けるインターネット上のサイトがあるらしい。そこにはブランドものがずらりと並んでいて、欲しいものがあるとチェックして、それをそのまま彼氏にメールで送信するという寸法である。これなら結構高いモノでもたのめちゃいますね〜、とか彼女はいい、彼氏のほうも、うーん、がんばろうと思いますね、なんていってる。

 ほんとに、おかしい。クリスマスなのに一緒に過ごす人がいないのはミジメ、なんてことはもう何十年も前から定型句になっているが、クリスマスはデートのための日ではもちろんない。クリスマスイヴに都内のホテルはカップルでいっぱいなんて、考えただけでおぞましい光景ではないか。そのうえ、高額のプレゼントだ。

 恋人にプレゼントをねだるという行為自体、卑しい所業である。おねだりなんて、愛人が会社の社長かなんかにするものだと、ぼくは長いこと信じてきた。彼氏が彼女のために小遣いはたいて、安物の小さなブローチをプレゼントしても、その気持ちが嬉しいというのが、恋なのだとぼくは思ってきた。(もっとも、かつて、そういう安物のブローチばかり買おうとするぼくに、家内は、どうしていつもブローチしか思いつかないのかと呆れていたが。)

 プレゼントは金額ではない。気持ちだ。その単純な真理が、現在ではまったく通用しなくなったらしい。恋愛というもっとも純粋でありうる人間関係に、金を持ち出すことでその純粋性を汚してしまうという感覚も、資本主義・商業主義全盛の現代では、古代人の感覚のように感じられるのだろうか。

 それにしても、ちかごろの若い男性は、大変だなあとつくづく同情する。それと同時にしっかりしろよと言いたくもなる。ブランド品をおねだりするような女とはさっさと別れてしまえばいいじゃないか。そんな女と結婚したら、一生ブランド品をおねだりされ続けることになるんだぜ。

 彼女のためなら、がんばっちゃおうかなと思いますなんて、その気持ちはケナゲだけど、そんなくだらないブランド品なんかより、世の中にはもっと大事なものがあるだろう、それもわからないヤツとはオレはもうつきあわないぜ、ってどうして言えないのかなあ。

 いや、きっといるだろう。そういう硬派な男が。そう信じたい。そうでなくてはこれから先、生きていく気がしない。


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