4 たま丼

2003.11


 学校の教職員の会議をふつう職員会議と呼ぶが、この会議はたいていは紛糾するものである。企業の会議と違って(といっても、その実態を知っているわけではないが)、その成員のヒエラルキーが希薄であるために、つまりお互いの上下関係がきっちりしていないために、みんなが言いたい放題になる。その上、教育の現場という複雑で微妙な場であるために、問題は常に複合的になる。更にその上、教師という職業柄、しゃべり出したら止まらない人間も多い。その結果、会議は長引く。

 都立高校に勤めていたころ、あんまり会議が長いので、みんな頭にきてしまって、「夕食ぐらい出せ。」と言い出した。すると、しばらくして事務長がしぶしぶメニューを回して、この中から選べという。そのメニューを見て驚愕した。麺類はタヌキかキツネ。天ぷらはない。丼ものは、「たま丼」だけ。あとは何もない。

 この世に「たま丼」なんてものが存在するとは知らなかったので、「何、これ?」と隣の教師に聞くと、「親子丼の肉がないやつだよ。つまり、たまご丼さ。」との答。

 親子丼でさえ、ぼくは、カツ丼が高くて食えない者が食べるものだと勝手に考えていたころなので、(今では、もちろん、親子丼のおいしさは十分に納得している。)その親子丼の更に下をいく丼があったとはまさに驚きで、そのメニュー全体から、お前たち教師にはこんなものでたくさんなんだと言わんばかりの事務長の魂胆がじわじわとにじみでてくるのを感じたものだ。

 その時、ぼくが何を食べたのかはとんと記憶にないが、こんな最低のメニューしか示せない学校というトコロに、何かうすら寒いものを感じたことだけはよく覚えている。

 将来を背負っていく若者の教育のために骨身を削って働いている人間に対して、どうしてこの国の人々は敬意を払わないのだろうか。どうせ教師なんて、子供と遊んでいるだけじゃないかと思っている節がある。それでなくては、会議の食事に「たま丼」なんて出せるわけがない。刑事さんだって、取調中の容疑者にちゃんとカツ丼を出しているではないか。

 ところでその「たま丼」だが、何かの折りにその話題が出て、「たま丼」って、「たまご丼」の略じゃなくて、「たまねぎ丼」の略なんだよと教えてくれた人がいる。タマネギを主とみるか、たまごを主とみるかの違いで、どうせぐちゃぐちゃに混ざっているんだから、どっちでもいいが、貧乏くさい丼であることだけは確かである。


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