2 『秋刀魚の味』

2003.10


 小津安二郎監督の『秋刀魚の味』を久しぶりにBSで観た。

 この映画、ずっと嫌いだった。前に観たのは、確か20年ほど前のことで、その時何と残酷で冷たい映画なのかと思った。それ以来観なかった。

 残酷で冷たいと思ったのは、東野英治郎演ずる所の「ひょうたん」というあだ名の元中学教師の描き方だった。平山(笠智衆)、河合(中村伸郎)らが中学時代の教え子で、40年ぶりに先生を呼んで同窓会をするところがあるのだが、ここでの先生の姿があまりにリアルなのだ。教え子はみんな会社の重役クラスになっているのに、先生は前にもまして貧乏そうだ。

 「これは何ですかな。」「それはハモですよ。」「カモですか。」

 先生は「ハモ」を食べたことがない。横浜近辺が舞台だから、「ハモ」は日常的に食べる魚ではない。料亭にでも行かなければ食べる機会もないわけだ。先生は漢文の教師だから、「ハモ」が「鱧」という字を書くということは知っている。それなのに、教え子の前で、「これは何ですか?」と聞くはめになる。「鱧」なんて漢字を知ってるだけに余計悲しい。

 一足先に先生が帰ったあと、残った教え子は「アイツ、ハモを食ったことがないんだなあ。」なんて言うのである。先生の前では「先生」「先生」と言ってるのに、いなくなれば「アイツ」呼ばわりだ。教師は同窓会なんて行くもんじゃないなあと、前に観たときは思ったものだ。

 席を立つとき、テーブルにある自分のグラスにまだ酒が入っているのをもったいないと、立ったまま飲む先生。「先生、これもお持ちください。」とダルマのボトルを渡す生徒。先生は、二人の生徒(笠・中村)にタクシーで自宅まで送ってもらう途中、そのダルマを全部飲み干してしまう。家の前で、「あ、あの高級なウイスキー、どこいった。」とポケットを探る。「先生、タクシーの中で飲んじゃったじゃありませんか。」そんな会話の後、先生の自宅に着くと、なんと、わびしいラーメン屋なのだ。父親のために嫁に行きそびれた娘が出てくる。それが杉村春子なのだが、その演技のうまさが父の惨めさを更に増幅する。

 小津監督は、一切の同情なしに貧乏教師の末路を描き尽くす。実はこの映画は、一人娘を嫁に出す父親(笠)の悲しみを中心に据えて描いたものだが、その父親の孤独も、貧乏教師に劣らずミジメで凄惨に描き尽くされている。そのことに気づいて、はじめて、この映画のすごさを実感したのだった。


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