96 「屋」つきじゃだめなの?

2003.9


 差別語の問題に関して、新聞社では最近「屋」のつく職業名はダメだということになっているらしい。「ペンキ屋」なんてもっての他で「塗装業」と言わねばならないらしい。「菊次郎とサキ」を見ていたら、最後の方で、このドラマの中で「ペンキ屋」という言葉を使っていますが、それはこれこれこういうわけで云々といった言い訳を字幕でしていた。そんなことをいちいち言わねばならないという状況は困ったものである。「おい、ペンキ屋の菊次郎!」なんてセリフが「おい、塗装業の菊次郎!」じゃ、台無しだぐらい誰だってわかることだ。

 「ペンキ屋」と言えばその職業を差別したことになり、「塗装業」と言えば差別したことにならないなんて、そんなバカな話はないのである。もっとも、この「ペンキ屋」が結構差別的に使用されたことは事実で、たとえばぼくが小学生の頃のお習字の時間、先生は必ず「いいですか、ペンキ屋さんはダメですよ。」と言ったものだ。一度書いたところを後でなぞってはいけないということなのだ。「ペンキ屋さん」は字を書くとき、必ず何度も同じ所をなぞって字の形を整えるから、そんな言い方になったわけだが、何度も繰り返されると、さすがに「ペンキ屋」の息子としては、いい気持ちはしなかった。

 けれども、だからといって、ぼくがいじけたわけではない。「ペンキ屋」には「ペンキ屋」のやり方があるということをぼくははっきりと知っていたからだ。「ペンキ屋」の作業着がペンキで汚れていたって、それは仕事の証、恥じることではないとぼくは思ってきた。

 「ペンキ屋」と言われようと、「塗装業」と言われようと、その本人にとってはその内実が変わるわけでもない。職人には職人の意地もあれば誇りもあるのだ。

 聞くところによれば「八百屋」もダメらしい。「青果店」というのだろうか。味気ない。ぼくが生まれ育った町は、ぼくの家の左隣の方が「米屋」「魚屋」、右隣が「床屋」「銅工屋」「酒屋」、ぼくの家のま向かいが「タイル屋」、その右隣の方には「仕立て屋」「桶屋」「金物屋」と続いていた。そうした名前を列挙するだけでも今はその面影すらない町のたたずまいが目の前に鮮やかに浮かび上がる。「米穀業」「鮮魚店」「理髪店」「衣類修繕業」「風呂桶等製造及び販売業」などと並べていっても、税務署の確定申告一覧表みたいで、町のイメージなどこれっぽっちも浮かんでこない。つまらないことこの上もない。


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