91 シアワセな人

2003.8


 この人はシアワセな人だななあと思う人がときどきいる。その中でも最高ランクにあるのが、人形作家の辻村ジュサブローだ。そう言っても若い人はほとんど知らないだろうが、名にし負うNHKの名作人形劇「新八犬伝」の人形を作った人だといえば、ああそうかと膝を打つ人も多かろう。もっとも、決して過去の人ではなくて現在も第一線で活躍中の人なのだが。

 どうしてこの人がシアワセな人かというと、とにかく頭の中が人形のことだけみたいだからなのだ。いつだったか、珍しくこの辻村ジュサブローのエッセイ集が文庫で出て、それを読んで知ったのだが、とにかく幼い頃から布が好きで好きでたまらなかったという。芸者置屋だったか、料亭だったか、とにかくそんな環境に生まれたために、きれいな着物に囲まれて育った。とにかく布が好きで、きれいな着物地の切れっ端なんかを片っ端から集めたという。挙げ句のはてに、部屋にかけてあった着物の裾を切り取ってしまったこともあるというから半端じゃない。

 こういう趣味、ほんとによくわかるのだ。布の切れっ端って、確かに魅力的だ。先日、染織家の志村ふくみのエッセイ集を買ったら、そのグラビア頁に、彼女の染めた布の切れ端の写真が数頁に渡ってカラーで載っていて、魅了された。それが本物の布ならどんなに素晴らしいだろうと思った。

 それはそれとして、辻村ジュサブローのシアワセさというのは、そんな布をただ集めるのではなく、それを使って人形を作ることにある。その人形を作ることが楽しくて楽しくて、結局生涯それしかしなかったというのだから何ともシアワセな人ではないか。

 単なる収集家というのは、その執念はかいたいけれど、どことなく嫌味なものだ。たとえば、ブリキのオモチャの収集で有名になった北原某。彼なんかも、シアワセな人ベストスリーに入れてもいいほどだが、結局金持ちの道楽なんじゃないの、といいいたくなるわけで、敬意を払う気にはなれない。

 そこへいくと、わがジュサブローさんは、いつだったかテレビに登場して、蛤の貝殻を近くの料理屋さんからもらってくるんです、この貝殻のこのカーブがね、人形の肩にピッタリなんですよと、もう満面の笑み。その蛤の貝殻を使って作った人形で、源氏物語五四帖の名場面を再現するんだ、それまで命がもちますかねえとこれまた満面の笑顔で語っていた。

 やっぱり、シアワセな人ナンバーワンである。


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