79 見ない女と小躍り夫婦

2003.5


 初めて東京ドームに行った。知り合いにチケットをもらったからだ。巨人・横浜の3連戦の2日目。5月14日、水曜日。

 わが横浜ベイスターズは、目下セリーグ最下位。それも5位広島との差が8ゲームと、ひとり蚊帳の外状態。開幕してもう1月半というのに10回しか勝っていないのである。勝率が2割7分8厘なんて、打率じゃあるまいし、初めての東京ドームもこれでは気が重い。

 席は3塁側の前から2列目の席。3塁よりかなり後方なので、ホームベースを右の方に見る格好となる。横浜スタジアムでもこんなに下の方で見たことはない。緑の人工芝の上でプレーするベイスターズの選手のユニフォームの青が、テレビよりずっと鮮やかにみえるのがなぜか嬉しい。

 ぼくら夫婦が座った席のややななめ前の席に男女のカップルが座った。女は「えー、こんなに前なの!」と歓声をあげ、男はそうさと自慢げに腰を下ろした。女は30そこそこ、ちょっと阿川佐和子みたいな感じ。男は40前後。どうみても夫婦ではない。といって、恋人といった感じでもない。

 いよいよ試合開始。ぼくら田舎モノ夫婦はドキドキワクワク。ところが驚いたことに、その二人、まったく試合を見ないのである。女は男の方を向いて話をしつづける。男も女の話に付き合って試合の方はチラッと見る程度。ぼくはここを先途と、懸命にバッターを見、白球を追う。ところがぼくがバッターを見ようとすると、その手前に、こちらに顔を向けた女の顔半分がどうしても視野に入る。いったいいつになったらこの女は白球を見るのかと段々腹が立ってきた。しかし何と4回を終わるまで女は一度もフィールドに目をやらなかった。清原が出て来ても見ないのである。嫌な感じである。「見ないなら帰れ!」とはり倒したくなった。

 ふと見れば男の腕には光輝くロレックスの時計。「○○部長と書いた封筒にチケットが入っていたわよ。」と帰途に家内が言った。観察は家内のほうが鋭い。夫婦じゃないよな。夫婦だったらあんなに話すコトないわよ。部長とその部下か、それだけかなあ。

 まあ、そんなことはどっちでもよろしい。負け試合覚悟だったが、横浜はなんと勝ってしまった。3塁側なのに周りはみんな巨人ファン。古木のホームランに大喜びして拍手をしたり、試合終了と同時に「やったあ!」と小躍りしたのは僕ら二人だけ。見ない女より、僕らの方がよほど周囲にはよほど嫌な感じだったに違いない。


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