70 かつら疑惑

2003.3


 テレビに登場してきたころのタモリはほんとうに面白かった。海賊みたいな派手な眼帯をした異様な風貌と、「タモリ」という爬虫類のような名前、そして抜群に面白い形態模写には腹を抱えて笑ったものだ。「ミュージカルが嫌い」なんていうのも同感だったが、さんざんゴルフの悪口を言っていたのにゴルフを臆面もなく始めたあたりから、ちょっと嫌になってきた。卓球を「暗い」などと言いだし、そのあたりから何でも「暗い」といって対象を否定する態度も気にくわなくなった。それでも、まあ、「いいとも」をとにかく続ける根気のよさに免じて許してもいたのだ。

 しかし「かつら疑惑」は決定的だった。タモリは「かつら」じゃないかという「疑惑」がどこから出たのかしらないが、その「疑惑」を延々と何年にもわたってネタにしているのは本当に許せない。彼がほんとうにハゲていて、かつらをかぶっているのならおおいに結構なことだ。しかし、ハゲてもいないのに、かつらをかぶっている男のふりをして、「かつらじゃないよ」ととぼけるのをネタにしているのだとしたら、ハゲている人間をおちょくり、傷つける、言語道断の仕業である。

 「かつら疑惑」をネタにすること自体、ハゲへの差別だということに彼は気づいていない。ハゲが恥ずかしいから、かつらをかぶるのだ。そしてかつらをかぶっていることがばれることは、ハゲていることよりもっと恥ずかしいことなのだという二重の固定観念を視聴者に植え付けることになる。

 あらゆる差別は固定観念から生まれる。その最たるものが「ハゲはみっともない」という固定観念だ。悲しいことにハゲている人間自身もこの固定観念に縛られているから、なんとかハゲを隠したいと思ったり、毛生え薬を塗ってみたり、イタリアに行こうと夢見たり、まあ涙ぐましい努力を余儀なくされているのだ。

 なんとくだらないことなんだ。ハゲてたっていいじゃないか。ハゲって素敵じゃないかというメッセージを、タモリみたいな芸能人が率先して提示すべきなのだ。ほんとにハゲなら、かつらを取ってみせるべきなんだ。ハゲてないなら、つまらぬネタをえんえんとひっぱるな。お前はお前の頭の蠅を追え。

 それにしても、孫と一緒に風呂に入っている写真を写せと息子に命じながら、出来上がったその写真に写ったわが頭の予想外のハゲぐあいにショックをうけた自分を思うと、タモリに八つ当たりするだけではすまない気もするのだが。


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