66 シスレー

2003.2


 同僚のH先生が「山本先生のために持ってきましたよ。」と、ハガキサイズのクリアファイルを差し出した。見ると、印象派の画家アルフレッド・シスレーの絵の絵はがきのコレクションである。何年もの間、こつこつと見て回った美術展で買い求めた絵はがきの中から、シスレーのものだけを集めて一冊にまとめたのだという。その数、五一枚。「シスレー展」のものもあるが、「大原美術館」だの「アルゼンチン国立美術館展」だの、様々な美術館や展覧会を丹念に訪れているさまがよくわかる。

 「あんたもずいぶんマニアックな人だねえ。」と、せっかくの好意に対しても憎まれ口をたたくのを忘れないぼくだったが、研究室のソファーに座って一枚一枚眺めていくうちに、名前だけはよく知っていたこの画家の、地味でおだやかな世界にいつしか心を奪われていた。印象派の絵は見飽きた感があって、よくある「印象派美術展」などには最近では出かけることもほとんどなかった。しかしこのシスレーは、見飽きたというほど実は見ていなかったことに今更ながら気づかされた。

 「これちょっと貸してくれない?」と言うと、「いいですよ。そんなに喜んでいただけて嬉しいです。」と率直な答え。どんな自慢のコレクションでも、興味のない人間にとってはただの紙の束だ。趣味の一致というのは嬉しいものである。

 家に持ってかえって、ためしにそのハガキをスキャナーで取り込み、絵はがきの複製を作ってみた。色合いなどを調整しながらプリンターで印刷してみると、おどろくほどそっくりな絵はがきができた。中には、もとのハガキよりはるかに発色がよいものもある。コントラストや、色調を調整すると、ずいぶん雰囲気の違った絵になったりして、ますます興味は尽きない。ついつい熱中してしまって、五一枚全部の複製を作ってしまった。

 人が苦労して集めたものを、勝手に複製してしまうなんて申し訳ないことだが、たちまちシスレーのコレクションができてしまった。ちょっとした美術全集だ。

 それにしても、パリ郊外の田舎に長いこと住んで、そのなんの変哲もないのどかな田園風景を飽くことなく描いたシスレーという画家の何という素晴らしさ。絵というものは、「絵になる所」へ出かけなくても、いくらでも描けるのだということがよく分かる。このところしばらく絵を描くことから遠ざかっていたが、また描いてみようという気持ちがふつふつとわき起こってきた。

●おまけ

シスレーの絵は、たとえば次の所でみることができます。

http://www.ne.jp/asahi/art/dorian/S/Sisley/Sisley.htm


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