56 主人

2002.12


 自分の夫のことを「主人」というのを嫌がる主婦(と言って悪ければ既婚女性)が急増しているという。では何というのかというと、それが色々らしくて、「夫ちゃん」とか「亭主君」とか呼ぶという既婚女性までいるらしい。そんな呼び方をするのはどう考えても、20代、30代の既婚女性だろう。50代では考えにくい。

 「主人」がなぜ抵抗があるかといえば、「主人=自分の仕えている人」の意味があるからのようだ。「わたしは夫に仕える奴隷ではありません。」ということだろう。奴隷とまではいかなくても、「主人面」した既婚男性が、「おいお茶。」だの「メシはまだか。」だのと威張り散らしている家庭もまだあるらしいから、「冗談じゃないわよ。」と既婚女性が思うのも無理はない。

 それに、何かというと「主人が、主人が」と連発する既婚女性も、そんなに「主人」が素敵な人なのかしらとか、よほどその「主人」の社会的地位が自慢なのかしらとか、要らぬ憶測をよび、「なにさ、あんたの主体性はどこ行ったの?」という反発もかうことにもなるだろう。

 しかし、「主人」は「自分の仕えている人」という意味だけの言葉ではない。辞書によれば、「妻が他人に対して夫を指していう語。」(大修館『明鏡国語辞典』ちなみにこの新しく出た辞典はとてもよくできていて、おすすめです。)とある。「夫」や「妻」が話し相手を想定していない純粋な語であるのに対して、「主人」は他人に向かっていう語なのだ。「主人」とセットになっているのが「家内」という言葉で、これは「他人に対して自分の妻を指していう語」。(確かに履歴書などの続柄の欄に、「主人」「家内」などとは書かない。)そこには夫唱婦随的な夫婦像があるから、使いたくないという気持ちはよく分かるのだが、「私は奴隷じゃないんだから主人なんて言葉は使わない」とか、「私は外で働いているんだから家内なんていわないで。」とかいうのは、ちょっと話が短絡的すぎる。

 そういうことを本気でいうなら、「お前」や「貴様」はもとは敬語だったんだからという理由で、会社の上司に向かって「お前の考えはどうなんですか。」とか、先生に向かって生徒が「貴様の授業はなってない。」とか言うことも許容しなければ筋が通らない。

 ぼくは妻のことを、家内ということが多いが、何となく品がいい言葉だと思うからで、妻たるもの家にいるべきだと思っているわけではない。


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