37 同時発生

2002.7


 口の両端に人差し指を突っ込んで、思い切り横に口を押し広げて、「カナザワブンコ」と言おうとすると、上下の唇が触れ合うことができないからどうしても「カナザワウンコ」となってしまう、という遊びを小学生の頃にさんざんやった。金沢文庫と言えば、足利学校と並んで中世教育史上の重要な存在であると広辞苑にも書いてあるが、それをこんな遊びにしてしまうなんて、子供というのはしょうもないものである。もっとも、ぼくらがイメージしていたのは、京浜急行の「金沢文庫」駅ではあったのだが。

 そんな話をしていたら「ぼくらは、学級文庫でしたよ。」と若い教師が言う。「ぼくも」という別の声もあがる。藤沢や東京で育った人たちだ。横須賀出身者は京急沿線だからか「何言ってんだよ。金沢文庫に決まってんじゃん。」と息巻く。「だって知りませんよ。金沢文庫なんて。だから学級文庫なんです。」

 しかし、「ガッキュウウンコ」なんて面白くない。それなら「岩波文庫」だって、「新潮文庫」だっていいじゃないか。小学生だから「学級文庫」なんだろうが、芸のないことはなはだしい。やっぱりここは「金沢文庫」である。

 それにしても、この遊びは一体どこが発生源なのだろうか。岩手とか山梨の子供が、横浜に来て、「カナザワウンコ」を聞いて面白がり、故郷に帰って「金沢文庫」では何のことやら分からないから、泣く泣く一般性のある「学級文庫」で手を打ったということだろうか。

 その逆はない。ぼくらは「学級文庫」なんて聞いたこともないのだから。「金沢文庫」はオリジナルだ。

 それとも「同時発生」だったのだろうか。

 前回書いた「蟻」について、「そんなの定番芸ではないか。」というメールを下さった未知の方がいる。自分の亭主もよくやっているというのだ。ではあなたのご亭主はどこからその「芸」を仕入れたのかとはさすがに聞かなかったが、「定番芸」だとなると、毛深い男はたいていやっているということになる。そんなにもたくさんオリジナリティに溢れた男がいるものだろうか。思い当たるフシはある。もう何年も前に、「笑っていいとも」でやっていたような記憶があるのだ。それで広がったことは確かだ。それを一応メールで伝えた。

 すると、「ニホンザルの芋洗いのように、各地で同時発生したものなのかしらと思いました。」というメールが返ってきた。とうとうニホンザルのレベルになってしまった。


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