34 まずかった

2002.7


 今まで旅先で食べて、まずかったものベストスリー。

 大学に合格してほっとした春休みにひとりで出かけた金沢の町の食堂で食べたカツ丼。

 今思えば、何で小京都金沢でカツ丼なのか理解に苦しむが、学生の頃は、外食といえばカツ丼ぐらいしか思いつかなかった。そのカツ丼というのが、とにかくまずかった。いわゆる薄味というやつで、ドンブリ全体がうっすら白っぽい。カツの衣はぐちゃぐちゃで、ご飯もねっとりとして甘味を帯びている。室生犀星の生地を訪ねての旅だったが、犀星の文学碑よりこのカツ丼のほうが深く心に残った。

 次は、大学の国文学科の研修旅行で行った奈良は長谷寺の門前町の小さな食堂で食べたラーメン。

 これも今にして思えば、わざわざまずいものを選んだんじゃないのと言われれば反論の余地もないが、ラーメンが一番安かったのだろう。これもひどかった。とうていラーメンとは思えないような色の薄い透明な汁に、ラーメンとはにわかに信じられないような歯ごたえの麺。むしろ頼んだ方がその責任を問われるべきシロモノだった。

 そしてその次は、めでたく大学も卒業し、就職もし、結婚もして、おまけに二人の子どもまででき、その二人がそろって鉄道マニアになってしまい、母方の田舎の新潟県青海町に出かけたとき、富山の新湊線に乗りたいというので、親子四人で新湊まで電車に乗ったその途中富山駅の駅ビルの食堂で食べた天丼。

 まったくこう並べてみると、情けない話である。子ども二人を授かるような年齢になったら、たとえ駅の食堂であれ、ホタルイカをつまみにビールを一杯というような食べ方をどうしてできないのか。まあ家族旅行だから仕方ないとしても、この天丼たるや、同行の家内も証言してもいいというほどの極めつけのまずさだった。

 まず、何といっても白い。ドンブリもので白いのはほんとにだめだ。天丼は、天ぷらの衣に白さは残っていても、シャキッとした醤油の焦げ茶色が必須である。それなのに、春がすみのようにぼんやり白い。天ぷらの衣は、甘い汁を吸い尽くしてワッフルみたいにフワフワで、その下には白い汁を吸ったべちゃべちゃご飯。

 ちょうど新湊高校が甲子園で優勝した年で、人気の少ないがらんとした食堂のおばちゃんたちは、無理してその天丼を喉の奥に詰め込もうとして「お、お水ください!」と叫んでいるぼくらに気づきもせずに、おおきいお尻をぼくらに向けて、テレビの野球中継に熱中していた。



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