12 緑の恐怖

2002.1


 渋谷が若者の街になってから、あまり出かけることもなくなってしまっていたが、この前の日曜日の夜、ユーロスペースでのレイトショーをみるために久しぶりに訪れた。映画が始まるまで40分ほど時間があったので、最近の渋谷の町を観察しようと思って、少し歩いてみた。

 ハチ公前から、交差点をわたって「109」の方へ、というおきまりの道。テレビの中継などで必ず映るところだ。今夜も所ジョージの「笑ってこらえて」という番組で、北海道の女子中学生が「東京のどこへ行ってみたい?」と聞かれて、「109とか、行って、買い物したい!」などと言っていた。さほどに、全国的に「あこがれの対象」となっているのが渋谷109だ。ぼくには何がそんなにいいのか分からないが、家内によれば、109には「カリスマ店員」というのがまだいるのだという。意外にしぶとい変な生き物だ。

 その109のほうへ行こうと、ハチ公前の交差点で信号を待っていると、そのあたりの道路にとめた車の周囲に、5〜6人の黒人青年がたむろして、女の子を物色しているような何やら怪しい視線を投げかけている。交差点をわたった向こうの道は、どこへ行くのか、どこから来たのか、とにかくやたら人が歩いている。ぼくのように「おのぼりさん」的に、ただ歩いているという人間も多いのだろう。

 ここでもやたら目に付くのが、外国人の姿。道のあちこちにわだかまってしゃがんでいる。日本人の若者も、なんだか得体のしれない変な格好でぼんやり立っていたりする。もうこれは一昔前の日本ではない。

 歩いているうちに、何となく危険を感じて、早いとこユーロスペースに行こうと再び渋谷駅のほうへ戻った。駅のそばの歩道橋を渡ろうとして、階段に足をかけた時、異様なものが目に入った。それは青い一枚のプラタナスの葉だった。1月27日である。真冬の関東地方である。それなのに、枯れ葉ではない、青いプラタナスの葉が落ちていたのである。

 シューベルツの(シューベルトではありません)の『風』にも「プラタナスの枯れ葉散る、冬の道で〜」と歌われているあのプラタナスの葉である。驚いて、ふと上を見上げて、ぼくの背中にゾクッと戦慄がはしった。そこにはなんと、青々とした葉を茂らせたプラタナスの大木がそびえていたのだ。

 冬空のもと、青葉茂れるプラタナス。都会の自然は確実に狂っている。

 北海道の女子中学生諸君、渋谷なんかに来るんじゃないよ。


Home | Index | back | Next