11 アナログ変換

2002.1


 インターネットでの買い物は、慣れないせいか、どうも不思議な感覚がいまだに伴う。特に古書を買うときにその感覚が著しい。

 注文は、きわめて抽象的な空間で行われる。書名で検索し、該当書があると、値段を比較してどれを買うかを選定する。書店の名前からだけでは、どこの書店だか見当もつかないから、ここまではまるで実感がない。本当にこの本が手に入るのだろうかと不安にもなる。次に書店の紹介らんを見る。ここから少しずつ事態が変化し始める。

 先日「佐藤書店」というところから、小学館の『日本古典文学全集』全51巻を購入することになった。前から手元に置いておきたい全集だったが、すでに新刊では手に入らず、古書でも結構な値段でなかなか買う気になれなかった。ところがたまたまインターネットで検索してみると、べらぼうに安い値段で出している古書店がある。「佐藤書店」というどこにでもありそうなありふれた名前からは、この古書店が日本のどこにあるのかまったく想像できない。

 「佐藤書店」をクリックする。すると、福岡県北九州市門司区、門司港から徒歩3分、という文字列が目に入った。突然「佐藤書店」が、実在する古本屋としてのイメージを獲得し、書架の奥の薄暗い机に向かってタバコをふかしているオヤジさんの姿まで目に浮かぶ。それはまるで、素っ気ない線描の絵に、くすんだパステルで色彩を施したような感じ。しかし、それでもまだ想像の域を出ないバーチャル書店にすぎない。

 自分のデータを入力して申し込む。あっという間に申し込み完了。なんだかとても頼りない。手応えというものがまるでない。

 しばらくして、「佐藤書店」からメールが届く。キャンセルのメールがなければ明日発送するという。急ぐなら本日中に発送しますともある。「おお、売れた!」という、オヤジさんのはずむ息づかいが聞こえて来るようだ。

 他の書店の半額以下で出していたのは、よほど売れなくて困っていたからなのだろうか。それともよほど本が汚れているのだろうか。本の状態はわずかに「函少汚」という3文字から推測するほかはない。

 こちらの都合をメールで知らせ、3日後に届くように手配を頼んだ。そして3日後、本が届いた。段ボール箱で3箱。いつもの宅急便のおばさんが息を切らせて運んできた。

 箱を開けると、本を包んでいる新聞紙から、プーンとタバコの匂い。やっぱりね。見事にアナログ変換の完了である。






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