8 こだわりのラーメン屋

2002.1


 近所に何年か前開業したラーメン屋がある。店のデザインがちょっと民家風で変わっているので一度入ってみようかと思っていたが、すぐに行って食べてみたという友人が、スープが魚臭くてうまくなかった、と言うので行くのをやめてしまった。

 それからしばらくはちっともはやらない店だったが、突然店の前に行列ができるようになった。それで、行きつけの床屋のご主人に、あそこのラーメン屋、行列ができてるけど、うまいんですかねえと聞いてみると、私の知人はうまくないっていってましたよ、でも最近雑誌にもでてテレビにもでたらしいから、それで来るんじゃないですかねえと言う。

 なるほどそういうことか。

 ラーメンがうまいかまずいかなど、個人の好みだから、うまいと思えば行列だってなんだってすればいいわけだし、とやかく言うこともないが、そうやって行列をつくっている人間の顔をみていると、なぜか腹が立ってくる。

 戦後の食糧難の時代の配給なら、あるいは大災害のときの給水車なら行列をしたっていい。いいどころか、しなければならない。しかしこの飽食の時代、どこでも食べられるラーメンのごときものを食うのに何で行列までしなきゃいけないのか。

 これも近所の話だが、一度テレビにでた別のラーメン屋がある。そこのオヤジは頑固もので、ラーメンの汁を全部飲まない限り、水を出さないというのだ。ばかばかしい話だが、なんでそんなくだらないオヤジをテレビが取材するのかといえば、そういう人物を嬉しがる視聴者がいるからだ。少なくとも担当ディレクターが嬉しがったのだろう。

 若者が自信をなくし、その若者を引っ張る中年もすっかり元気のない時代だから、強い物言いをするいわゆる頑固ものの職人などがもてはやされているということだろう。こだわりの職人というやつだ。しかしこだわらない職人なんてものはそもそもこの世にいないのだ。

 家の柱が少々傾いてたっていいやという大工がいたら大変だ。それをこの大工さんは柱を垂直にたてることにこだわっていますなんて取材をしたらそれこそナンセンスだろう。

 こだわりのラーメン屋なんてものもだいたいそんなテイのものだ。うちのスープはこだわりのスープだから全部飲み干さないやつに水はやれねえなんてのは、職人の風上にもおけぬバカ野郎である。そんなオヤジをありがたがって、水一杯飲むのに、うまくもないラーメンのスープをがぶがぶ飲み干しているお客はもっとバカ野郎だ。




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