99 妖精たちの言葉

2001.11


 フランス語はもっとも発音の美しい言葉だとよく言われるが、どの国の言葉の発音が美しいかなんて、そう一概に決められるものではない。たぶん、威張りたがりのフランス人が勝手に言いだしたことにちがいない。

 もっとも、フランス人形みたいなパリジェンヌが、熱い息とともに愛の言葉をささやくなら、フランス語も美しいだろうが、朝から葡萄酒飲んでくだまいている酒臭いフランス人のオヤジのフランス語が美しいとも思えない。言葉だけ純粋に取り出して美しさを比較なんかできないのだ。

 日本語は音が貧弱だなんて言われるが、発音の仕方や話し方によっては十分美しいのだ。京都の舞子はんが、おちょぼ口で「いややわー、うち、よういわんわ。」なんて恥ずかしがって言ったりすれば、多分美しいはずだが、金髪の女子高生が大股開いて「てゆうかあ、何あれえー、ばかじゃんっつーのー」みたいな口を叩けば(別に女子高生に恨みはありません。あしからず。)美しくないにきまってる。舞子はんの方が女子高生よりきれいだというような話ではない。あくまで言葉の話だ。

 英語はどうか。ぼくはアメリカ人の女性ニュースキャスターのしゃべるような英語は好きではない。ノドの奥がウニュウニュいうような、口の奥の方から、チューブの練り歯磨きが絞り出されてくるようなあの発音が、どうも好きになれないのだ。

 それが今年の春、とても美しい英語を耳にした。北へ向かう京浜東北線の車内だった。上野あたりからドヤドヤと乗ってきた5、6人の外国人女性。一目でモデルとわかるような美人ばかり。なかにマネージャーらしき感じの日本人女性がいて、写真を手に彼女らと話している。どうも昨日のパーティーの写真の注文をとっているらしかった。

 「ワタシハ、コレガ欲シイワ。」「私ハ、コレ3枚。」「アナタハ、イラナイノ?」みたいな内容の簡単な英語なのだが、いつも聞く英語のあの粘っこさがまったくない、唇の先で転がすような、さらさら、ぱらぱらというような、グラニュー糖のような、ガラスのかけらのような音。明らかにアメリカ人ではなかった。おそらく、北欧かロシアか、とにかく北の方のヨーロッパ人の片言の英語なのだろう。それはもう妖精たちの言葉のようで、いつまでも聞き入っていたいとおもわせるような、そんな言葉の響きだった。

 正しい発音が美しいわけでもないのだ。日本語も、きっとうっとりするようなしゃべり方があるに違いない。






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