95 許せない。どうしても。

2001.10


 ぼくはこれでも若者に対してはそうとう寛容であると思っている。50代の教師としては、物わかりがよすぎるくらいで、ひょっとしたら若者を導く教師としての適性に著しく欠けるところがあるのではないかと恐れているくらいである。

 そんなぼくでも、さすがに近頃の女子高生には、がまんがならないことが多くなった。これも昨日52歳の誕生日を迎えたからだろうか。寄る年波には勝てないということだろうか。

 女子高生のチャパツが嘆かわしいなどと言っていた時代はかわいいものだった。現今の彼女らときたら、チャパツなどとうに通り越して、キンパツである、などといまさら言葉にするのも気恥ずかしい。キンパツのうえに、ムチャクチャな化粧をほどこし、制服のスカートを寸足らずの暖簾のように腰の周りにヒラヒラさせている。駅の向こう側のホームに彼女らの群れが並んでいる様は、まがい物のバービー人形が場末のおもちゃ屋に並んでいるかの如くだ。

 その連中が、暖簾の中からものすごく太い二本の足とも呼べないようなものを突き出して歩いてくる様は、おぞましいとしか言いようがないが、ケータイで話すその声にはまだあどけなさの片鱗のかけらのようなものが、かすかに残っていたりするから、まいいか、オレの娘じゃないしなんて、つい許してしまうのだが、彼女らが駅や駅の通路や階段などにべったり尻を付けて座り込んでいるところに行き会うと、怒りはぼくの中で爆発してしまう。許せない。どうしても。これはモラルの問題ではない。神経の、感覚の、問題だ。ぼくの神経がはげしく拒絶反応を起こしてしまうのだ。

 「それ」を遠目に見るだけで、ほとんど全身の血はブルブルふるえて逆流し、ぼくはもう頭の中で、猛然とダッシュしたかと思うと、キャプテン翼ゆずりの怒りのスライディングキック、あるいは、スタンハンセン風のウエスタンラリアット、そうかと思えば、刃渡り(?)50センチぐらいのハリセンで、彼女らの後頭部をバシッと一発。破れ傘トウシュウみたいに、「テメーラ人間じゃねえ!タタッ斬ッテヤル!」って叫んだりもしてしまう。

 何にも言えない悲しいオヤジの空想だが、それにしても、分からない。駅のホームとか階段とかいった場所に直に坐ることがどうしてできるのだろうか。多くの人間が唾を吐いたり、汚い靴をこすったりする場所にベタッと座ったら汚いってどうして思わないのだろうか。ほんとうに分からない。不思議だ。





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