9 ヤクザ教師

2000.2


 

 ぼくがはじめて教師として赴任した学校は、町田市の郊外に出来た新設2年目の都立高校だった。着任した時は、まだ校舎も半分しか完成しておらず、校庭も整備どころか土地の買収も完全には済んでいない状態だった。わずかに残った未買収の土地は運動場の片隅の三角形の土地で、それが手に入らないと、四角いテニスコートが三角形になってしまう。三角ベースじゃあるまいし、それではもちろんテニスはできない。そんなわけで、何とかその土地を売ってもらおうと、地主の農家に連日教師たちが折衝のため派遣されていた。しかし農家の方ではがんとして売ることを拒否し続けていた。

 そんなある日、とうとうお鉢が新卒のぼくの所にまで回ってきた。先輩の教師が心配して、同行してくれることになった。出かける前に、校長はぼくらを呼んで「どうせ話はまとまりっこないから、言いたいこと言ってこい」と言った。折衝どころではない、これでは喧嘩をして来いって言ってるようなものだ。

 農家に着いて仰天。普通の民家なら3階建てに相当するくらい屋根が高い。大御殿である。広い玄関からは、向こうが霞んで見えるほど長い廊下がまっすぐに続いている。「こんにちわ」と一緒に行った教師が声をかけると、その長い廊下のどこから出てきたのか、背の低い初老の男が腰に手ぬぐいぶら下げて「よう、何だ。」と言ってガニマタで出てきた。この家の主である。

 男は突っ立ったまま、ぼくらを軽蔑したように見下ろして、いきなり「おまえらの校長はヤクザか? 人を脅迫しやがって。」と言った。「いえ、決してそういうわけではないんでして」と同行の教師がモミ手する。

 かっときた。「偉そうに、立ったまま人と話しやがって、あんたこそヤクザだろ。坐ったらどうなんだ!」と怒鳴りつけた。どっちみちダメな話なんだ、言いたい放題言ってやる。それに親父が戦後の食料難のとき近郊農家の百姓に虐められたという話まで突然思い出され、怒りにふるえた。

 男はハッとした顔をして、しぶしぶ腰を下ろした。その後、話が急に進展した。

「俺は売らないとは言ってない。代替地が欲しいんだ。百姓は土地が命だからな」

 そんなきれい事は真に受けなかったが、代替地提供の線で話を進めることになった。

 ぼくらが帰ったあと男は校長に電話して、「お前んとこには、ヤクザみたいな教師がいるんだなあ。」と言ったそうだ。

 ぼくはしばらくちょっとした英雄になった。



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