68 「あー、やんなっちゃった」

2001.3


 

 

 いつか見たテレビのトーク番組に、漫談の牧伸二が出ていた。「牧さんのあの『あー、やんなっちゃった』は、自然に出てきたものなんですか、それとも考えたんですか?」という質問に、牧伸二は「そりゃもう、考えたんです。」ときっぱり答えた。

 何でも林屋三平が「どうもすいません」で一世を風靡していた頃で、それに対抗するようなフレーズを必死に考えたというのだ。

 「どうもすいません」のような普通に使っている言葉がいいと考えた牧は、山手線を何周もして、車内の人々の言葉に耳を傾けた。そうすると、「あー、今日は試験が突然あって、やんなっちゃった」とか「部長にしかられて、やんなっちっゃた」とか、やたら「やんなっちゃった」という言葉が耳につく。これだと思ったという。しかし、その「やんなっちゃった」を、三平風に言ってもまねになるだけ。そこで師匠の牧野周一が、「ウクレレでも弾きながらやってみてはどうか?」と指南してくれ、例の「あー、やんなっちゃった」が出来たということだった。

 なるほど、どの世界も大変なんだ。ふっと口をついた言葉が、そのままギャグになって受けたという話も聞いたことがあるが、やはり世の中なめてはいけない。人知れぬ苦労というものがあるのだ。やる気なさそうに、だれた顔して「あー、やんなっちゃった」と歌っても、その裏側に血のにじむような苦労というわけだ。

 そのせいだろうか、この「あー、やんなっちゃった」はなかなかしぶとく、現在ただ今もテレビCMで大活躍中だ。アース製薬の防虫剤「ピレパラアース」のCM。ベロベロに酔って「職場」から帰ってきたヒゲ面の太ったオカマが、毛皮のコートを防虫ビニール袋に入れようとするのだが、うまく入らない。で、「あー、メンドクサイ!」って言って、ベッドの上に投げ捨て「もう、寝たろ!」って言ってドタッと仰向けにひっくり返る。そのそばで、牧伸二が「あー、やんなっちゃった」って歌ってる。

 「やんなっちゃった」状況を無理矢理作り出しているところが何ともおかしい。

 このシリーズは、みなそういうところがあって、南洋の島で「衣替えにはピレパラアース」って牧伸二が歌うと、裸の男たちが「コロモガエ、シナイ、シナイ」って言う。それで牧伸二が「あー、やんなっちゃった」。これも妙におかしい。

 「あー、やんなっちゃった」が気合いの入った作られ方をしているのに見合って、CMの方もなかなかどうして、半端ではない。





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