64 電卓のおかげ

2001.3


 

 

 科学技術の発展は人間を必ずしも幸福にしたわけではないなどと言うことが、まことしやかに言われもし、そういう話にはだいたいの人が、そうそうと相づちを打つけれど、本音は、科学技術様々というのがほんとのところではないだろうか。少なくとも、ぼくはそうだ。

 はやい話が、電卓である。いまでこそ「デンタク」などと呼び捨てにされたり、980円でたたき売られたりしているが、かつては驚異の高級事務器だった。その機械が登場したおかげで、ぼくは何とか今日まで教師をやってこられたのだ。

 教師というのは、国語だろうと何だろうと、計算をしなくては仕事にならない。つまり、テストである。学生にとってテストは嫌なモノの代表だろうが、教師にとっても同じことだ。問題作りのめんどくささといい、採点のかったるさといい、これさえなければ教師もいい職業なんだけどなあなんていつもため息ばかりなのは、ぼくばかりではないはずだ。

 特にぼくのような数字が苦手な者にとっては、成績を出すのがひと苦労なのだ。暗算はできない、ソロバンもからきしダメなぼくが教師になって途方に暮れていたとき、まるで彗星のように卓上の計算機が登場したのだった。天の助けである。

 「どうだ、すごいだろう。月賦で買ったんだぞ。」と自慢げに父はその機械をぼくの前に置いた。父も計算が苦手だったようで、商売の帳簿をつけるのに苦労していたらしい。それで思い切って買ったのだろう。

 確かにすごい機械だった。昔の黒い電話機ほどの大きさで、文字は液晶なんてしゃれたものではなく、各桁それぞれに0から9までの細いネオン管のようなもので出来た数字が上から下へと並んでいる。足し算と掛け算は、数式通りに打てば答えが出るが、引き算と割り算は、ちょっと複雑な入力をしないと答えが出ないという代物だったが、それでも、数字を打てば答えが自然に出てくるというのは驚くに十分だった。

 ぼくは、教師1年目をその計算機で乗り切った。2年目になってすぐ結婚して家を出たが、その頃になると、今の電卓のはしりのようなのが出はじめ、ぼくはすぐに飛びついた。もう割り算だって引き算だって、数式通りに打てば答えが出てくる。

 そしてあっという間に価格は下がり、どんどん小型化していった。そして今では、当たり前の機械になった。それでも、ぼくは、電卓への感謝の気持ちを、片時も忘れたことはない。まさに電卓様々、電卓に足を向けて寝たこともない。









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