57 神のニワトリ

2001.1


 

 

  我が一族というのは、血液型から見ても大変特殊な家族で、家内の父のA型を例外に、他はすべてB型かAB型である。次男などは血液型で性格を云々するなんて全然意味ないと主張するが、やっぱり「かわっている」ことだけはどうも確かなようだ。

 その一族が、昨年の秋、亡父と亡祖母の法事をした。お寺に行き、お墓に行き、なぜか墓石の前で横一列に並んで合掌している写真をとった。後でその写真を見ると、一人残らず全員が笑っている。どうもマジメさに欠ける一族である。

 その後、鮨屋で食事をした。母が大判振るまいをして、フグは出るわ、ヒラメは出るわの豪華な食事。

 「おいK子、お前のあの三本足のニワトリだけどさ。」と、酔っぱらった勢いで妹をからかい始める。

 何しろこの妹と来た日には、ドザエモンを魚だと思ってたことで、このエッセイ第1部で「有名」になり、読者の一部に妙な人気があるのだが、数年前ニワトリの足を3本描いて、一族内ではあるが再び脚光を浴びたのだ。「前が1本かなあ」なんて言いながら「ハイ出来た」と言って3本足のニワトリを描いた妹は、オート三輪車じゃあるまいし、奇数の足なんてどうやって動かすんだ、非常識も甚だしいと、さんざんバカにされたのだった。

 「あれは、しかし、あながちマチガイとも言えないぞ。この前熊野に行ったらさ、あっちではヤタガラスと言って、神の使いのカラスがいてさ、その絵をみるとみんな足が3本なんだ。お前は無意識に神のニワトリを描いたってことだな。」

 妹はビール片手に満足げに頷いている。するとその亭主が「オニイサン、何でこいつがニワトリの絵なんか描いたんでしたっけ?」「それはさ、うちの中学入試にチョウチョの足をかけって問題が出てさ、その話題のついでに、じゃあニワトリを描いてみろってことになったんだよ。」

 「そうかあ」と懐かしげな亭主。すると妹が「えっ? チョウチョに足なんてあるの?」「ばか、足がなくてどうするんだ。花に胴体着陸するのかよ。」とぼく。「だって見たことないよ。チョウチョの足なんて。」

 すると家内の父がA型なのに横から口を挟んで「でもヘビってどうやって歩くんだろうねえ。足がないでしょ。」ぼくはもうキリキリ舞いで「いや、クネクネとして」「あ、ウロコで歩くんだね。」と岳父。「ウ、ウロコで歩くわけないでしょ。クネクネとこうやってですね……」

 まったく、こまった一族である。













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