51 51

2000.12


 

 

 51番目のエッセイなので、51について書いておきたい。51というトランプがあったが(あったっけ?)、そのことについてではない。ぼくの年齢についてである。ぼくは、いま、満51歳なのである。

 先日保坂和志のホームページを覗いていたら、白川静に関するエッセイが載っていた。白川静という人は、漢字の辞典を何冊も出していて、「詩経」や「万葉集」についての本も書いている大学者だということは知っていたが、何となくその辞書もじっくり見てみることもなかったし、著作も読んだことはなかった。

 保坂は、そのエッセイの中で、最近見た白川静を取材したNHKのドキュメンタリー『老いて遊心、学を究めん―白川静の漢字宇宙』に触れ、そこで語られた言葉は全部すばらしいと絶賛していた。その言葉を引用したあと、「この言葉だけで『中央公論』一冊分の価値がある。」と言い放つ。

 批評や、紹介というのは、このくらい手放しでないと人を引きつけないものだ。ぼくはこういう紹介のされ方をすると、すぐに信じて駆けつけるタチなので、さっそく、その著作を求めた。そして、『白川静 回思九十年』をひもとくことになった。

 驚いてしまった。詳しく紹介するわけにはいかないが、とにかく次の文章を読んでください。

 私自身は、定年後に三部の字書を作るつもりであった。(略)私が名実ともに自由となったのは、七三歳の時である。(略)この時、十年計画で、三部の字書を作る予定をした。

 とんでもない予定をしたものだが、白川静はその予定をちゃんと実現した。『字統』『字訓』『字通』の三冊だが、『字統』『字訓』は千頁前後、『字通』に至っては二千頁を超える大冊である。それらすべてを、たった一人で全部書いた。

 白川静は同僚だった田中重太郎(「枕草子」の研究で有名)に向かって「人の辞書などあてにしないで、自分の辞書を書きたまえ。私も機会があれば字書を書きたいと思う。」と言ったそうだ。それが、白川静40歳のころのこと。

「命長ければ恥多し」とは、双が岡に世をすねた、兼好法師のことばである。しかし私は、命長くして、字書三部作をかくことができ、それによって多くの賞が与えられた。

 なんとさわやかな言葉だろう。

 この人を前に、そもそも、51歳とは何だろう。いっぱしの人生経験を積んだつもりになって、悟りきったようなことを言える年齢でないことは確かだ。

 おおいに反省してしまった51歳の私である。










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