50 食事の時間

2000.12


 

 日本人が一日三食にかける平均時間は何時間かという調査があったらしい。それによると、1時間49分という結果だという。「へぇー、ずいぶん日本人はゆとりがないんですねえ。」と女のニュースキャスターが嘆いてみせた。ほんとうに、と言って憂い顔をみせて、男のキャスターもうなずいた。

 「えっ、そんなにかけてるんですか。」という反応を予測していたぼくは、めんくらってしまった。

 ぼくの場合は、朝5分、昼3分(もっとも昼はほとんど食べないみたいなものだが)、あとは夜が、どんなに長くても30分。多めに見積もっても、しめて40分ということになる。平均で1時間49分というのは、ぼくみたいなのも入れてのことだろうから、3時間とか4時間とかかけている人間もいるということになる。長すぎる、というのが実感で、キャスター諸氏が嘆くほどのことではないと思うのだ。

 食事の時間の話題になると、ヨーロッパでは昼食を何時間もかけて楽しむなんてことが、さもすばらしいことのように言われ、それにひきかえ、日本人のサラリーマンは、立ち食いソバなんかをすすったりして、何て貧しい食事の風景なんでしょうなんてことが、すくめた肩の先の口で言われたりもする。

 先日トルトストイの『戦争と平和』を読んでいたら、ロシア人の会話の中に、「フランス人は怠け者だから、食事をダラダラといつまでも食べて時間をつぶしている」なんていうセリフが出てきた。『戦争と平和』によれば、ロシアはヨーロッパではなく、アジアだそうだが、いずれにしても、食事に時間をかけたからといって、それが無条件で賞賛に値するなんてことはないのである。

 江戸時代の武士たちは、食事中に会話など楽しんだりしなかったろう。東北の農家出身の同僚なども、子供の頃、食事中に話をすると怒られたといっている。食事はさっさとすませ、さっさと仕事に戻る、それが美徳であったわけだ。

 オードブルから始まって、メインディシュ、デザートとえんえんと続く食事は、暇をもてあましたヨーロッパ貴族たちの考え出した演出にちがいない。そういうものが、アジアの片隅の日本人にぴったりくるわけもないのである。

 座りもせず、立ったままでソバ一杯をかきこんで、仕事場に戻っていくサラリーマンの姿には、古武士のような潔さがあるではないか。いまだに欧米崇拝の意識の抜けないチャラチャラしたキャスター諸氏に、嫌味を言われるスジはこれっぽっちもない。










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