39  そんなことはないだろう

2000.9


 

 途中から聞いたラジオなのではっきりとしたことは分からないのだが、あるロック歌手の男が、自分は中学生になるまで、クラッシック音楽しか聴いたことがないので、生まれて初めてそうじゃない音楽(たぶんロック)を聴いたときは本当にびっくりした、なんて言う。すると、対談相手の女性が、そうですか、そういえばあのバイオリニストの葉加瀬太郎さんもそうなんですってね、と相づちを打っていた。

 ほんとかなあって、思った。そんなことってあるんだろうか。当年とって20代、30代の日本人が、中学生になるまで、クラッシック以外の音楽を聴いたことがないなんてことが、あり得るのだろうか。ロックや歌謡曲が、まったく耳に入ってこず、それを聴いて、なんだこりゃ、こんな音楽もあったのか、なんて思うなんてことがあるんだろうか。

 じゃあ、彼らは、紅白歌合戦を一度も見たことがないのか。年末は、いつもハワイかなんかに行っていたというのか。ハワイの空港に着いたときも、ハワイアン音楽などいっさい耳に入らず、ウォークマンでハイドンなんか聴いていたのか。

 じゃあ、彼らは、中学生になるまで、テレビというものを一切見なかったのか。サザエさんもチビまる子もガンダムも勇者ライディーンも見なかったのか。たとえ見たとしても、絶対に音楽なんて流れない番組、たとえば、教育テレビの古典講座なんかの、偉い先生がしゃべってる場面だけを見ていたというのか。ニュースも、BGMの入らないNHKだけを見ていたのか。CMは一切見なかったのか。

 じゃあ、彼らは、小学校の音楽の時間、「翼をください」や「夏の思い出」なんかを歌うことを拒否するばかりか、先生や友達が歌うのを耳をふさいで廊下に出ていたというのか。

 じゃあ、彼らは、信号をわたるとき、「トーリャンセ、トーリャンセ」のメロディーを音楽とは思わなかったのか。それとも、リヒャルトシュトラウスの作曲だと思い込んでいたというのか。

 じゃあ、彼らは、夜泣きソバ屋がやってきたとき、「チャラリ〜ララ〜、チャラリラララ〜」というチャルメラの音を、虫の声だと勘違いしていたというのか。金魚屋のオヤジが「キンギョ〜イ、キンギョー〜」ってやってきても、キンギョが悪夢にうなされているとでも思っていたのか。隣の家のジイさんが、うなっている浪花節を、喘息の発作だと思っていたというのか。

 そんなことはないだろうって、ぼくは思うんだけど。





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