38  ずっと歩いている

2000.9


 

 先日所用あって、都内のあるビルに向かって歩いていた。低い家並みの向こうにひときわ高くそびえるそのビルは、かなり遠くに見え、首筋を流れる汗を気にしながら、早く着いて冷房にあたりたいなあと思いつつ、ふと、あと10分もすれば、あのビルの中の部屋に座っている自分がいるんだと考えた。そういえば、たった数日前、ぼくは熊野の山の中、熊野古道を汗だくになって歩いていた。そうか、こうやって今ビルに向かって歩いている自分と、熊野古道をふうふう言って歩いている自分、そして、10分後に冷房のきいた部屋に座っている自分は、「連続している」のだと、ふと考えたのだ。

 だとすれば、10年前に、修学旅行の引率で函館の町を歩いていた自分も、30年前尾瀬の木道を歩いていた自分も、50年前、畳の上をヨチヨチ歩きしていた自分も、全部同じ自分だ。

 ということは、ぼくは、生まれてから、少なくもと二本の足で立って以来、「ずっと歩いていた」ことになる。ぼくが生まれた横浜の伊勢佐木町のはずれを起点にして、その後のぼくの「歩いた道」を地図の上に赤い線でひいていったらどうなるだろうか。極端に行動範囲の狭いぼくだから、まあこんがらかった赤い毛糸みたいなグチャグチャな線の固まりが横浜を中心に描かれるだろうが、その線は一カ所もとぎれていない。ちょうどレコードの溝が一本の線であるように。

 そういうふうに感じたことは、今までなかった。生まれてから横浜を離れて住んだことがなかったから、常に横浜にある家を拠点として考え、いろいろな所に出かけても、家に帰ってくることで一つのサイクルが終わる、というふうな感じ方をしてきたのだと思う。そして、時間的にも、一晩寝れば、次の日というように、ひとつの区切りを意識して、その区切られた一日一日が重なって、今までのぼくの人生を形成してきたというふうに、無意識に考えてきたのだろうと思う。

 しかし、ぼくが感じた「ずっと歩いている」という感覚は、ちょうど生まれてから一度も定住したことがない旅芸人のような感覚だった。ぼくとは無縁の生活を送っていると思っていた旅芸人だったが、実はぼくも同じ旅芸人だったのだ。

 切れ切れに、断片的に歩いてきたのではなかった。ただ、一本の道をえんえんと、どこが終点かも知らず歩いてきたのだ。そしてこれからもそうだろう。そう考えて、人生が少し違って見えてくる予感がした。





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