36  アオマツムシ襲来

2000.9


 

 もう何年になるのか分からないが、秋の虫の世界は大変なことになっている。

 秋の虫と言えば、スズムシ、マツムシ、クツワムシ、キリギリス、ウマオイ、ツヅレサセコオロギ、エンマコオロギ、カンタン、カネタタキと、そんなところがざっと数えられる。

 この中でも、都会でごく普通に聞くことができる虫の代表がツヅレサセコオロギだ。8月の中頃から、縁の下とか草むらで、リリリ、リリリと遠慮がちに鳴くその声を聞くと、ああもう夏も終わりか、そろそろ秋冬の支度だなあと言う気持ちに自然と誘われる。だから、ツヅレサセ(着物のホコロビを繕えとせかす)コオロギと呼ぶのである。夏休みの終わりにこの声を聞くたびに、「燈火親しむ頃」という言葉が浮かんできて、嬉しいけれど、ちょっともの悲しい気分になったものだ。

 ところが現在、少なくとも横浜では、そんな情緒は微塵もない。毎晩アオマツムシの大合唱なのだ。これが半端な声ではない。しかもこいつは木にとまって集団で鳴くので、一本の木が身をふるわせて大音響を発している。昼の王者セミにも匹敵しようかという勢いである。

 声そのものは決して汚い声ではない。むしろ一匹の声だけ少し離れて聞くぶんには澄んだ美しい声といってもいいくらいだ。しかし集団でやられると、もう夏の終わりの感傷など吹っ飛んでしまうぐらいやかましい。ちょうどソプラノ歌手が100人ぐらい集まって、耳元でイタリアオペラのアリアを歌っているようなものだ。

 このアオマツムシ、もちろん日本の虫ではない。中国の虫だ。輸入品の中に紛れて日本に上陸し、東京、横浜あたりで大繁殖しているようなのだ。

 中国と言えば、中華街のぼくがよく行く店など、店員同士がいつも大声で怒鳴り合っている。別にケンカをしているのではないのだが、その大声の中国語のやりとりを聞いていると、思わず腰が浮いてしまう。とにかくエネルギッシュだ。

 そういう国からやって来たからだろうか、虫までメチャクチャ元気で、騒がしい。何を食べているのか知らないが、やっぱり中華料理風のエサを食べているんじゃなかろうか。そういう虫の声に圧倒されて、日本の虫どもは、もう哀れなくらいホソボソとした暮らしを強いられている。キンキン声の大合唱のそばで、三味線をポロポロ爪弾くような声で、リリリなんて鳴いているツヅレサセコオロギの声を聞いていると、何だか妙に身につまされる。





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