34  月がとっても青いから

2000.8


 

 中学校に通いはじめたころ、同じ電車で通うMという友人がいた。やたら数学の出来るやつで、数学の嫌いなぼくとはなかなか肌が合わず、口げんかが絶えなかった。

 中学生のころ、通学途中に月の話で口論になった。Mが言うには、太陽はちゃんと光を発しているから、その光でものを照らしたり影を作ったりするが、月は地球の光を反射しているだけだから、ものを照らしたりすることはないというのだ。そんなことはない、月だってちゃんと光を発して物を照らす、ただ自分で光を発していないだけだと反論したが、結局物別れに終わった。

 いかにも都会の子供の話である。田舎の子供は、こんな明々白々の事実について口論などできるはずがない。だが都会に住んでいると、月というものは、ただ夜の空に浮かんでいる丸いものでしかない。月が何かを照らしているところを見たことがないとしてもいたしかたない。でも、ぼくは、確かに、月の光に照らされたことがあるような気がしていたのだ。それとても、自信があったわけではないのだが。

 その口論から数年後、ぼくは自分の意見の正しさを見事に実証する場面に遭遇した。

 ぼくらの学校は丹沢に山小屋を持っていた。わざと電気を引かないでランプの生活をするという山小屋で、それがことのほか気に入って、休みのときなどに何度も訪れたものだった。

 ある冬の日の夜、薪ストーブを囲み、ランプの下で時間の経つのも忘れて話をしていた。ふと誰かが便所に行って来ると言って席を立ち、小屋の分厚い木の扉を押し広げた。そのときだ。銀色の光が、うす暗い小屋の奥までサッと流れ込んだのだ。ぼくらは一瞬息をのんだ。それはまるで滝のように、音たてて流れ込んだように思われた。それが月の光だと分かるまで数秒の時間がかかった。

 ぼくらは誘われるように、外に出た。そして、黙々と林道を歩きはじめた。黒々と沈む樅の大木。どこまでも続く細い林道。月は一人一人の顔を明るく照らした。ふと後を振り返ると、林道の上に、ぼくらの影がくっきりと見えた。青い影だった。

 Mに見せてやりたいなあと思った。ぼくだって、ここまでとは思っていなかった。影だってできるさって強がって言ったけど、こんなに青い影が、しかもこんなにくっきり出来るなんて思いも寄らなかった。勝った負けたではもうなかった。

 「月がとっても青いから、遠回りして帰ろう」そんな歌の一節がふと頭に浮かんだ。





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