33  ジャックアンドベティ

2000.8


 

 あまりに暑くてとても外出する気にはなれないが、かといって家に閉じこもっていてもイライラするばかり。思い切って家内とふたり映画を見にいくことにした。

 横浜は黄金町に「シネマ・ジャック・アンド・ベティ」という映画館がある。黄金町と言えば、知る人ぞ知るのコワイところで、駅から映画館に行く途中には、ストリップ小屋があって朝っぱらからもう開店したりしている。そんな環境にあるが、この映画館は今では全国でも数少ない名画座で、良心的な上映をがんばって続けているのである。スクリーンが二つあり、「ベティ」は洋画、「ジャック」は邦画。今回はその「ジャック」の方で、『雨あがる』と『どら平太』の二本立てだ。両方ともロードショウで見逃していたので、この際見ようと思ったというわけだ。

 今でこそ、映画館で映画となればロードショウが普通だが、昔は二本立て、三本立てが当たり前だった。それが今では、二本で1500円というと何だかひどく得をしたような気分になる。

 「シネマ・ジャック」は、映画館としては割合新しいのだが、土地柄というものがあって、渋谷あたりのおしゃれな映画館とはだいぶ様子が違う。映画とは無縁と思われるような、中年の野球帽かぶったオジサンが一人でやってきて、ヤキソバなんかを食べながら見ていたかと思うと、上映の途中なのに平気でトイレに行ったり席を移動するヒトもいる。

 要するに昔の映画館の雰囲気があるのだが、それを懐かしいと思う気持ちと、ヤキソバの匂いはイヤだなあという気持ちがぼくの中で微妙にぶつかりあう。「映画とは無縁と思われるような」と先ほど書いたが、ほんとうはそんな人たちはいないのだ。そういうフレーズが出てくること自体、すでに最近のおしゃれな映画館に毒されている証拠だが、しかしまた、ヤキソバの匂いより、女の子のシャンプーの匂いのほうが好ましいと思うのも正直なところだ。

 「おう、今日は満員御礼だな。」と入ってくるなり皮肉を大声でいったオヤジも、『雨あがる』をしんとして見ていた。「これだけ立派な腕をもちながら花を咲かせることが出来ない。なんという妙な巡り合わせでしょう。でも、わたくし、このままでようございます…」宮崎美子のかわいい声が心を洗う。

 「どら平太」の痛快な活躍に声をあげて笑う女の子やおばさん。久しぶりにこんな笑い声を映画館で聞いた。一瞬、在りし日の東映金美館の幻影が頭の片隅をよぎった。

 





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