28 ウーン・マンダム

2000.7


 

 唸るしかないことがある。そういうとき、思わずぼくは「ウーン、マンダム」と言ってしまう。

 若い人にはわからないだろうが、もちろんこれは、男性化粧品「マンダム」のテレビCMである。往年の渋い男の代表とも言えるチャールズ・ブロンソンが、顎を手のひらでなでながら、「ウーン、マンダム」と言う。このブロンソンの低い唸るような英語が耳について離れず、つい言ってしまうのだ。

 「ウーン」と表記したが、「ンーム」の方が正確かもしれない。「マンダム」もブロンソンの英語は、どこかモヤがかかったような、くぐもった響きで、「ムンドゥム」みたいになる。ちょっと鼻に抜くような感じで、口の奥のほうでゆっくりと発音する。

 CMとしては、「ウーン、マンダム。なんて、すばらしい化粧品なんだ。」ってことを言いたいのだろうが、感動したとか感心したときというよりは、もうまったくやってられないなあ、どうしようもないなあ、まいったなあ、というようなときに、つい口を衝いて出てくる。これもひとえにブロンソンの渋い発音故だろう。

 もっとも、自分なりのアレンジも可能で、絵など描いていて、我ながらよく描けたというような満足感があったときなど、「ウーン」と唸っておいて、次の「マ」を明るく強く目に発音しながら、片方の目の端をちょっとつり上げて「ウーン、マァンダム」なんてやることもある。自分自身への満足感の表し方としては、悪くない。

 しかし、何と言っても、やはりブロンソン風の発音がいちばんしっくりくるし、いちばん使える。満足感より、不満足感・欠落感・失意といったマイナスの感情の方が圧倒的に多い人生だから、こっちの出番の方が多いわけだ。そして、低く犬が唸るように、「ウーン、マンダム」と呟くと、少しだけ、心が軽くなり、もうちょっと頑張るかという気分にもなるのが不思議である。この言葉には一種の呪文のような効果があるらしい。

 こんなことをしてるのは、ぼくだけだと思っていたら、いつだったか、職員室のぼくのすぐ近くの席に座っているぼくよりちょっと年下のK先生が、「ウーン、マンダム」と唸っているではないか。「そうか、あんたもやっぱり、そう言うんだね。」「うん、なぜか言っちゃうんだなあ。」やはり同世代である。

 今では、ぼくが職員室の机に向かって、「ウーン」と唸ると、K先生は自分の机に向かったまま「マンダム」と唸り返している。





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