27 由美かおる

2000.7


 

 「海のキャンプ」と称する学校行事がある。ぼくは泳げないのだが、これには参加しなければならない。しかし、何しろ泳げないのだから、水泳の指導などできるはずもない。そこで、いつの間にかボート専属となってしまった。ボートの上から、溺れそうな生徒を見つける、あるいはせいぜい持っている浮き輪を投げるという役目である。

 10年ほど前のことだが、水泳検定の監視役となった。ボートから、泳いでいる生徒を監視していればいいのである。生徒は入り江になった湾の入り口あたりを、延々と往復して泳いでいるし、監視の先生は、何人も生徒のすぐそばを泳いでいるので、退屈な仕事である。

 ふと、入り江の内側のちょっと小高くなった磯の方へ目を向けると、何やら写真の撮影をしている様子。銀レフなども使っていて、本格的な撮影らしい。思わず持っていた監視用の双眼鏡で覗いてみると、水着姿の「由美かおる」がいるではないか。由美かおるは、命ぜられるままに色々なポーズをとっている。雑誌のグラビアなんかの撮影なのだろう。しばらく、夢中になって見ていた。

 検定のことを忘れていたわけではない。むしろ、監視の教師にも教えてやりたくて仕方がなかった。しかしそれでは、生徒に危険がおよぶ。監視の教師がみんな由美かおるに夢中になってしまったら、それこそ大変だ。男の教師なら、やっぱり生徒より由美かおるだろう。それも水着姿の由美かおるなのだ。やっぱりマズイ。

 それで、検定が終わったあと、何人かの教師に「おい、あそこに由美かおるがいたぞ」と教えてやったわけなのだが、もちろんすでに由美かおるの姿はなかった。

 「えー、ホントですかあ」ある教師は、無念さを満面に滲ませた顔をして言った。「どうしてもっと早く教えてくれなかったんですか。」と文句まで言う。そのうち、だんだん他の教師にも話が広まって「だいたい、ボートの監視役なのに、生徒を監視しないで自分だけ由美かおるを見てるなんてヒドイ。職務怠慢だ。」なんていう非難まで出る始末。まったく、人間というのはやっかみの動物である。

 それからというもの、ボートにのって、ちょっと双眼鏡で岸の方を見ていると、すぐに「ヤマモト先生、ちゃんと監視してくだいさよー。」と水面に浮かんだ教師が叫ぶようになった。ぼくはその言葉を「誰かいたら、今度は教えてくださいよー。」と自分なりに翻訳して、にっこりうなずいてみせるのだった。





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