2 鼻毛抜きつつ

2000.1


 

 どうでもいいものなのに、なかなかやっかいなものが鼻毛である。髪の毛がうすくなるにつれて、鼻毛のほうの伸び具合がぐんとアップしたように思う。最近では髪の毛には白髪はないのに、鼻毛の10本に1本は白鼻毛である。

 鼻毛が鼻の穴からはみ出しているのは、やはりみっともない。中学生のころ、講師で来ていた先生が異常に鼻毛の濃い人で、窓から差し込む光で黒板の下の壁にうつる先生の横顔の影にまで、くっきり鼻毛の形が見えるので、ぼくらは授業をそっちのけで、その鼻毛の影ばかり見ていたことがあった。そうとうの鼻毛が束になって鼻孔からのぞいていないとそんな現象は起きないだろうから、ずいぶん不精者の先生だったわけだ。

 そんな思い出もあるから、いつも鼻毛が気になって、暇なときに爪の先でつかんで引っこ抜くのだが、あれはあれでけっこう痛い。抜いた鼻毛の毛根は、髪の毛と違ってかなり粘着性が高いので、指をはじいて捨てたつもりが、爪の上にピンと立っていたりする。

 そういえば、漱石の『猫』だったか、鼻毛を抜いては、紙の上に立てて並べているというような場面があった。たしかにあれは立てたくなる。若々しくスックと立っている鼻毛を見ていると、うすくなった頭のてっぺんに植えられないだろうかなどというバカな考えもつい浮かんでくる。

 うっかりして抜くのを忘れていると、それこそ影にうつりそうなくらい繁ってくるので、そういう時は、ハサミで切る。しかし、専用の小さなハサミでも、刃物を鼻の穴に突っ込むというのは、ケンノンだ。下手をすれば、鼻の粘膜を傷つけかねない。

 数ヶ月前だったろうか、近くの電器店をうろついていたら、電池で動く鼻毛カッターが何種類もズラリと並んでいるのが目に入った。やはり相当の需要があるとみえる。さっそく、よさそうなのを買って、使ってみてびっくり。実に鮮やかに、何の危険もなしに、ジョリジョリと切れるのだ。これなら、鼻毛の先端をくぼんだ球形にだって切りそろえられそうだ。それ以来すっかり鼻毛カッターの愛用者になってしまった。

 しかし最近では、手持ち無沙汰な時に思わず鼻毛を抜こうとして、指先に何も触れないのが妙にさびしい。無心に鼻毛を抜いて、それを一本一本紙の上に立てていくなんていうツマラヌことが、人間には案外必要なことなのかも知れない。便利ならいいというものでもなさそうだ。


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