18 イルカ鍋

2000.4


 

 アマノジャクだから、イルカのことが話題になって、頭がいいだの、可愛いだの、人間に近いだのという話で盛り上がったりすると、いやあ、イルカはよく食ったなあ、ってつい言ってしまう。悪い趣味である。

 クジラなら、ぼくぐらいの年齢の人なら、たいていは食べている。小学校の給食によくクジラのステーキが出たような気がするし、縁が真っ赤で、白い脂身のクジラのベーコンはもううんざりするほど食べたものだ。今では、珍重されて、有り難がって食べる人もいるが、けっしてうまいものではない。なくなると、食べたくなるだけの話だ。

 しかし、イルカとなると、たいていの人は食べたことがないという。小さい頃、よく食べたもんだというと、同世代の人でもたいていはびっくりする。まして若い人は目を丸くして非難する。そんなときのぼくを見る目は、まるで極悪非道の人食い人種をみるような目である。それでいて、ガチョウの喉に無理矢理えさを詰め込んで、肝臓肥大にさせてつくったフォアグラなんかを食べて平気なのだ。

 ぼくだってわざわざ海へ出かけて行って、「お友達になりましょう」なんて言ってニコニコ近づいてきたイルカをいきなり叩き殺して食ったわけではない。ぼくの幼い頃に食卓にイルカが出たということに過ぎない。そのイルカは魚屋で売っていたのだ。もっとも、イルカの切り身を魚屋の店頭で見たという記憶はないが。とにかく、イルカは我が家では鍋の中にすでに浮かんで(あるいは沈んで)いた。肉というよりは、皮で、その色はまさにイルカ色でテラテラ光っている。2〜3ミリはあろうかというその皮は噛むとまるでゴムみたいにかたい。その皮の下に脂身があって、それも結構歯ごたえがあるが、やたら脂っこい。鍋は、味噌仕立てになっていて、イルカの他にはゴボウなんかが入っていたと思う。

 昔は、それをうまいともまずいとも思わず食べていたが、やはりこうして文章にしてみると、なかなか「ヒドイ」料理だという感じがする。今では、イルカの笑顔が頭に浮かんでとても食べられないだろう。しかし、当時は、イルカだってマグロだって同じぐらいにしか思っていなかったのだ。

 ところで、イルカを食べる話をして、驚かない人はたいてい静岡出身の人だ。どうもイルカを食べるのは、このあたりでは静岡の人だけらしい。イルカ鍋を好んだ祖母も静岡の人だった。新潟から嫁にきた母は、このイルカ鍋が大嫌いだったらしい。





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