63 検査嫌いの検査漬け

2014.2.11


 そもそもぼくは検査というものが大嫌いである。臆病なので、結果を知るのが怖いからだ。そのぼくがこともあろうに「検査入院」をしたのだから、それはもう大変だったことはいうまでもない。

 ここ数年のぼくの健康上の問題で、いちばんやっかいだったのは、高血圧だ。この高血圧は、祖父、父と続いてきた遺伝なのだろうが、すでに30代の頃から高血圧は医者に指摘されていて、40代以降は降圧剤を飲んできた。しかも、検査嫌いの一環なのか、いわゆる白衣高血圧でもあって、とにかく医者に測られると異常に高くなってしまうのだ。それで、もう何十年も前から自宅で測れる血圧計を持っていて(この血圧計も何度買い換えたか知れない)、自分で測っていたのだが、自分で測ると正常値という時期がかなり続いていたこともあった。ところが、3年程前から、自分で測っても高い値が出るようになってしまった。それも、安静時の血圧が高いというのとは違って、「血圧を測る」ということに対して、もうバカみたいに緊張してしまって、脈拍が異常に速くなり、血圧も必ずといっていいほど170を超えてしまうという事態になったのだ。これじゃ怖くて測れないし、いったい普段の血圧がどれくらいか全然分からない。あしかり先生も、これにはほとほと困ってしまって、「何かのきっかけがあるといいんだけどねえ。」などと呟くこともあった。こうしたことが長く続いていたので、先生も降圧剤をもっと強いものに変えたほうがいいかなあと言っていた矢先のことだったのだ。

 検査入院をしてみると、もう「血圧を測るのが怖い」なんて言ってはいられない。毎日何回も看護師さんが血圧を測りにくる。いやもおうもない。「ぼくは、ダメなんですよ。測られると高くなっちゃうんで。」と言い訳を言っても、「あ、そうなんですか。」と言うだけで、測るのをやめてはくれない。初めのうちは、やっぱり170、160といった数値が出ていた。その度に、ぼくはがっかりしていたが、入院して何日目かの朝、まだ寝ぼけているうちに血圧を測られた。すると、140ぐらいの値が出た。なんだ、案外いけるじゃないか、これに慣れていけばいいんだ、そう思って、思わず「お、いいねえ。いい数字だなあ。」と言ったら、看護師さんも、いいですね、とにっこり笑ってくれた。

 それでも、朝など血圧測定に来る看護師さんの足音が聞こえてくると、やっぱり緊張してしまう。「山本さん、血圧を測らせてくださいね。」なんて言いながら、血圧計を腕にまく。ぼくは、なるべく気持ちを落ち着けてだまって深呼吸をする。それなのに、「あ、体温はどうでした?」なんて話しかけてくる。それに答えずに、目をつぶっていると、「あ、ひょっとして、集中してました?」って言うから、「そうだよ。必死で気持ちを落ち着けてるのに、話しかけちゃダメじゃん。」って言うと、「あ、ごめん、ごめん。でも、ほら、145。大丈夫ですよ。」なんて言う。そうか、こんな軽い会話がかえって気持ちを落ち着けているのかもしれないな、なんて思ったりした。そうかと思うと、今日は気持ちも落ち着いているから、きっと低いだろうなんて思っていると、160を越していたりすることもあった。

 こうやって、毎日何回も測っていくうちに、「血圧を測る」ということへの変なプレッシャーも次第に解消されていった。この後の、手術のための入院の間に、やはり血圧がかなり高いということで、医師は次々と薬を変えて試し続けてくれた。退院した今では、毎日朝と晩に、きちんと血圧を測り、その結果も、だいたい120前後という理想的な数値におさまるようになった。これは今までのぼくにとっては考えられないことで、嬉しくてたまらない。何しろ、手術前のぼくときたら、ヨドバシカメラの血圧計売り場でさえ避けて通っていたほどだったのだから。

 あしかり先生の言っていた「何かのきっかけ」は、思いがけない形で訪れたのだった。

 しかし、「血圧を測る」などということは「検査」のうちに入らない。そのために検査入院をしたわけではない。そこで行われた検査は、レントゲン検査、血液検査、心電図、脳のMRI検査、心臓のエコー検査、全身のCT、動脈硬化の検査など実に様々なものがあった。

 この中で一番意外だったのは、動脈硬化の検査だった。いったいどうやって動脈硬化があるかないかを調べるのか読者の皆さんはご存じだろうか。何か血管にチューブでもいれて、血管の硬さを測るなんて思っているのではないだろうか。それがまったく違うのだ。ベッドに仰向けに寝かされて、両足(ふくらはぎ)と両腕の4カ所に血圧計を巻かれ、同時に血圧を測られるのである。この4カ所の血圧の差で、動脈硬化のあるなしや、血管のしなやかさなどが分かるらしい。4つの血圧計が同時に作動すると、かなりの圧力がかかるので、ウギャーという感じになる。(感じだけです。痛いわけじゃありません。)片腕の血圧を測れられるのさえ恐怖だったぼくが、もう、十字架にかけられたイエスみたいな格好になっているのである。(あくまで「形」の比喩です。「形」も正確じゃないですが。)まだ、検査入院した直後の検査だったので、これにはほんとうにびっくりした。「血圧を測る」ことが恐怖でできなかったぼくには、この最悪とも言える検査で、なんだか憑き物が落ちたような気分になったような気もする。あんなものすごい血圧測定に較べれば、片腕に血圧計巻いて測るなんて、カワイイもんだというわけである。

 しかし、これらの「検査」は、実はまだメインの検査ではなかった。この検査入院のメインイベントは、「心臓カテーテル検査」だった。これは、単体でやったとしても2泊3日を要する検査であり、心臓周辺の血管に細くなっているところがないかどうかを調べる検査だということだった。しかし、なんで、2泊3日を要するのだろう。手首の血管からカテーテルを入れて、心臓にまで達するというが、いったいそんなことができるのだろうか。調べればすぐに分かるのに、それも怖いから、すべては謎のベールに包まれたまま、その検査を受けることになった。12月24日、巷ではクリスマスイブで賑わっている日のことだった。


 

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