59 宇宙からの帰還?

2014.1.26


 まるで、宇宙旅行から帰ってきたような、気分だった。この1月25日、ぼくは、入院先の横浜市立大学医学部付属病院を退院し、18日ぶりに我が家に帰って来たのだった。

 いったい、ぼくに何があったのか、退院して2日目の今日も、何か現実感がない。悪夢のようでもあり、宇宙旅行のようでもあった。

 いままで、どんなにいそがしくても、エッセイは、週に1回は書き、「一日一書」に至っては、ほとんど毎日更新してきたというのに、ブログの更新は、1月6日で止まったまま。不審に思われた読者も多かったと思う。

 今日、久しぶりに、ブログ再開に際して、いちおうことの次第を、簡略に書いておきたい。実は、まだ、パソコンのキーボードを打つと、体のあちこちが痛むので、ほんの概略だけにしておきたい。

 去年の12月10日、胸部大動脈瘤が見つかった。「見つかった」と、書けば簡単だが、実はこの疾患は発見するのが非常に難しい。ほとんど自覚症状がないため、ある日突然破裂し、ひどい時は即死してしまう。ぼくは、この疾患に関してはあまり詳しくは知らなかったが、命にかかわる非常に重大な疾患であることは知っていた。

 12月17日、横浜市立大学医学部付属病院の心臓血管外科を受診。即、手術を勧められた。ぼくはその場で手術を受諾、翌日から検査入院となった。手術は、1月10日、再入院は1月7日と決まり、約1週間の検査入院から帰宅したのが、暮れも押し詰まった26日。

 この年末年始の11日間は、実に不安な日々だった。ただでさえ不安なのに、年末に歌手の大滝詠一が、解離性大動脈瘤のために急死したということが大きく報道された。思わず身が震えた。

 1月7日、再入院。家を家内と出るとき、もう一度この家に戻ってくることができるのだろうかと、ふと思った。これからわが身に何が起きるのだろう。不安でならなかったが、もう後戻りはできない。あとはすべてを、医師にまかせるだけだ。

 そして10日に手術。手術は、7時間半ぐらいかかったらしい。すべては、事前の説明通りに進み、予定通り終わった。そして、手術は成功し、その後の経過も、驚くほど順調で、その結果、昨日の退院となったのだ。

 こう書くと、なんだ結局たいしたことなかったんだ、と思われるかもしれないが、手術は、胸の肋骨を真ん中で切り開き、瘤のある大動脈を切り取り、人工血管と取り替えるという、聞いただけで卒倒しそうな内容である。臆病もののぼくがよくも卒倒せずに説明を聞けたものだ。

 そして、そんな手術を確かにしたのだという証拠に、今のぼくの首筋から腹にかけては、およそ30センチの傷がある。これが、ぼくの現実なのだが、やはりどうも、ほんとうのような気がしない。でも、咳が出るたびにその傷が痛い。これもほんとうだ。そして、咳が出なければ、痛みもないので、思わず普通の体じゃないかと勘違いしそうになる。けれども、家の前の道を歩くと、下りはどうってことないが、ちょっとでも上り坂になっていると、ひどく疲れる。筋肉がかなり落ちているのだ。

 今は、こんな調子だ。徐々に普通の体にもどっていくだろうが、一ヶ月ほどはかかりそうだ。

 これが、概略である。しかし、概略だけではわからないことだらけ。細かいことは、これから、ボツボツ書いて行こうと思っている。

 とにかく、今日から、このブログも再出発です。ご心配をおかけしましたが、どうぞ、今後ともよろしくお願い致します。


 

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