53 「サイサンサイド」?

2013.11.16


 学校の廊下を歩いていたら、高校生が3、4人、夢中になって大声で話しながらすれ違っていった。誰かが言うことを聞かないので困ったといかいう内容のようだったが、かなり遠くになったころに、「オレがさあ、サイサンサイド言ったのにさあ。」というような言葉が耳に入ってきた。うん? 「サイサンサイド」? それを言うなら「サイサンサイシ=再三再四」だろうと瞬間的に思って、振り返って彼らを呼びとめようかと思ったが、彼らは既に廊下の角を曲がって、姿を消していた。走って行って捕まえて、「サイサンサイドとは何事か!」とその誤りを指摘しようかと思ったが、ふと、ひょっとしてそういう言い方もあるのかもしれないなんて弱気になって、追いかけるまでには至らなかった。後で念のために調べたが、もちろん「再三再度」なんて言い方は辞書には載っていない。

 ところが、更に念のために、「日本国語大辞典」で「全文検索」(見出しとして載っている語だけではなく、用例まで検索する機能)に「再三再度」をかけてみたら、例文に1例だけあった。「八百八街、坊と御免灯灯必ず御免の二字を書すを見ざる無く、再三再度、車として徒行人に勧めざるは無し」東京新繁昌記〔1874〜76〕〈服部誠一〉初・人力車」こうなると、「再三再度」が絶対に間違いだとも言い切れなくなる。それとも服部誠一という人も間違えたということなのだろうか。まあ、こうなると「正しい」とか「正しくない」とかいうことではなく、今は使うか使わないかという問題なのだろう。考えてみれば、言葉の「正しさ」というのはそういった性質のものだ。

 その翌日だったか、勤務日ではない日、お昼のテレビのヒルナンデスという番組を見ていたら、箱の中から出てきた3色のボールの色に合わせて、4人がそれぞれファッションを選んで競うというゲーム(と言っただけでは、何のことやら分からないでしょうが、要するに、選んだ色が被ると負けという、ぼくも10回ぐらいみてようやくルールが理解できたゲームです。)で、自分が選んだ色について、重盛何とかという女の子が、「さあ、これがキチと出るか、え〜っと、え〜っと、チキッとでるか? え? 違う?」なんて言っている。「吉と出るか凶と出るか」の「凶」が出てこないわけだ。重盛何とかという子は、いわゆる「おバカキャラ」で売ってるらしいから、ヤラセかもしれないが、それにしても、手が込んでいる。「吉と出るか凶と出るか」というフレーズを知っているだけエライが、どうも「キチ=吉」というイメージがないらしい。だから「キチ」の反対だから、「チキ」じゃないかと考えたわけで、その思考回路が何だか面白い。言葉の意味を考えずに音でとらえる、ということだろうか。

 その番組をダラダラ見ていると、今度は、女子力アップとかいって、「書道を学ぶ」コーナー。アナウンサーが、「何と、この一字を学べば格段に字がうまくなるという魔法の一文字があるんです。」なんて言っておいて、CM。で、まさか「永」の字を出してくるわけじゃあるめえな、そんなことしたらハッタオスぞなんてわめいていたら、まさかまさかの「永字八法」。「生徒たち」は、へえ〜って驚いている。もちろん、「永字八法」が習得できれば、格段に腕が上がるだろうが、何か違うんじゃないの。「永字八法」は基礎中の基礎、ピアノで言えばバイエルみたいなものだから、何かそんな基礎を練習しなくても、急に突然字がうまくなる「魔法の字」っていうのがあるということかと思ったのが間違いだったわけだ。ひょっとしたら、番組のディレクターも、この番組を作るとき初めて「永字八法」を知ったんじゃなかろうか。何だかそんなノリだった。それなら、皆さんが知らない世の中がひっくり返るような事実があります、っていってCMの後、何と地球は丸いのです! なんてこといっても、「え〜っ!」って反応が返ってくる時代がやってきてもおかししくない。

 それはそうと、言い間違いの問題だが、昨日も、大相撲中継を見ていたら、解説の尾車親方(元琴風)が、何とかという力士は怪我をしていて痛いようだけれど、「そんなことはオクビにも見せません。」と言っていた。それをいうなら「オクビにも出さない」でしょ、って思ったが、ここでもやっぱり弱気になって、念のため辞書を調べたら、やっぱり「オクビに出さない」が正しい。だって「オクビ」というのは「ゲップ」のことだから。そんなもの「見せる」ことなんてできやしないのである。


 

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