45 北の富士の言いたい放題

2013.9.20


  いろいろな意味で面白いのが大相撲中継である。取り組みは、まあ、面白かったり、つまらなかったりで、それはそれでしょうがないかというところだが、解説の北の富士の面白さはちょっと類をみない。面白いといっても、腹をかかえて笑えるというのではなく、台本通りにはいかない、アナウンサー泣かせのところが面白いのだ。

 向こう正面に舞の海が座っていたらもうこれは妙の極みで、とにかく二人の話がかみ合わない。本当に仲が悪いんじゃないかと思うくらいで、もしそうならわざわざこの二人を呼ぶNHKも相当人が悪い。

 今日7日目の解説は、この北の富士。向こう正面は武隈(元黒姫山)だったから、舞の海との掛け合いはなかった。ついでに言っておくと、この武隈親方というのはぼくの母の郷里、新潟県糸魚川市(旧青海町)の出身で、ぼくよりちょうど1歳年上。ぼくには1歳年上の伯母がいるが、この伯母とは中学の同級生らしい。更に付け加えると、新潟出身で黒姫山というと、妙高山の傍の黒姫山から取ったと一般には思われていると思うが、実は青海町にも黒姫山という山があり、これが四股名の由来なのだ。新潟県には二つの黒姫山があるということも、ぜひこの際、知っておいていただきたい。(どこかにすでに書いた気がするが)

 さて7日目の結びは、全勝の白鵬に対するは、伸び盛りの千代大龍。取り組みへの意気込みを千代大龍に取材したアナウンサーが、「とにかく楽しみたいと言っていました。」と報告した。

 う、これはヤバイ(今風の意味ではなくて)。絶対に北の富士は言うよなあ。「え。何だって? 楽しみいたい?」って。そう思う間もなく、北の富士は言った。「楽しみたいって? へー、ぼくらの時代はそんなこと考えもしなかったなあ。どうとったらいいのか考えるのに必死でねえ。とにかく1秒でも長く土俵にいられればいいってぐらいしか考えなかったですよ。それを、楽しみたい、ねえ。」慌てて解説のアナウンサーがフォローする。「まあ、取り組みはともかく、こうして仕切っている間だけでも、この時間を味わいたいってことですかね。」「まあ、それはそうかもしれないけどね。」と北の富士は不満顔。

 取り組みはあっけなかった。千代大龍が思いっきり白鵬にぶつかって、はねっかえされてそのまま前に倒れた。1秒もかからない。「1秒も持ちませんでしたねえ。0.1秒でしょうか、勝負がついてしまいましたねえ。」とアナウンサーも悪のり。そこですかさず北の富士が、わざと意地悪そうにニッコリ笑って(映像はなかったが声で分かる)「楽しめたかな?」

 今日は取り組みがはやく終わり、取り組み後のインタビューまで入った。「白鵬にあたりはどうでしたかと聞いたところ、五分五分だということでした。」北の富士「五分五分ってねえ。」そんなわけねえだろと言いたげ。それはそうだ。白鵬はただ受けただけだ。千代大龍が勝手にぶつかって勝手に転んだだけ。相撲になっていない。「楽しめませんでしたと言っていました。」と取材報告。「まあ、白鵬は楽しめたかもね。」と北の富士だったか、解説のアナウンサーだかが言った。

 ほんとに、こんな言いたい放題の解説をやっても大丈夫なんだから、大相撲中継は面白い。昨今の大相撲の不人気に、解説者たちも、半分やけになっているのかもしれない。

 それにしても、北の富士がカチンときた「楽しみたい」という言いぐさは、アメリカあたりの「エンジョイ」からくるのであろうもう古い言いぐさだが、ぼくもやっぱりカチンとくる。オマエが楽しんでどうするんだ。オマエはもう死ぬ気でがんばれよ。それを楽しむのはこっちだぜ。それがプロの仕事ってことだろって、やっぱり言いたくなるのだ。結局、北の富士の言いたい放題が面白いなんて思うのも、ぼくが北の富士と同類だからだろう。ちなみに北の富士は、ぼくより7歳ほど年長である。


 

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