40 ドラマのトーン  

2013.8.17


 全国に吹きあれた学園紛争の真っただ中で大学時代を過ごしたので、まともな勉強は何一つしていないが、それでもちょっとしたことが記憶に残っている。例えば、学習参考書『古文研究法』で一般には有名な小西甚一先生の講義で、小説には、トーンというものがあるということを教わった。小説全体を支配する雰囲気といったらよいだろうか。絵なら、全体に青っぽいとか、すっきりしてるとか、極彩色で埋め尽くされているとか、一目で分かるし、音楽なら、長調とか短調といった明確なトーンがある。

 それが小説にもあるんだと聞いて、へ〜っと思った。言われてみれば、暗くて深刻な小説とか、ユーモア溢れた楽しい小説とか、地味で面白味のない小説とか、いろいろあるわけで、それをトーンという言葉で表すことが新鮮に思えたことをよく覚えている。

 余計な話だが、ぼくの卒論の指導教官は分銅惇作先生だったが、この先生と卒論について直接に話したのは2回だけで、それも両方足しても10分ぐらいしかなかったと先日久しぶりにあって飲んだ友人に話したら、彼はものすごくびっくりしていた。彼はぼくより10歳ほど年下だが、分銅惇作といったら高校の教科書に文章が載っていてよく知っている。そんな有名な教授に卒論の指導を受けながら、たった10分しか話していないなんてびっくりする、というのだ。

 そうかなあ、そういう時代だったんだよ、と言いながら、あの頃の大学には、馬淵和夫、中田祝夫、鈴木一雄、尾形仂といった国語学・国文学の錚々たる学者がいて、教鞭を執っていたことを思い出していた。その授業はみな受けることは受けたけれど、分銅、鈴木両先生以外の方の直接の指導を受けることはほとんどなかった。だから、ぼくは今でも「おれは、高卒教師」だと冗談半分に言うが、半分どころか、90パーセントは本当のことなのだ。

 それはそうと、「トーン」の話だ。小説をトーンという面から分析すると、いろいろ面白いことが分かるというような話だったが、最近その話が頭によく浮かぶのは、ドラマを見ているときだ。ドラマの開始5分ほどで、だいたいそのドラマのトーンが分かる。それで、こちらの見る態度も変わる。ふざけたトーンなら、そのつもりで見るし、深刻なトーンならやっぱりそのつもりで見る。ところが、初めて見るシリーズもののドラマは、見る前の予測と全然違ったりするので戸惑うこともよくあるのだ。

 昨日、録画していたNHKのプレミアムよるドラマ『POWER GAME』を、広告代理店を舞台にしたやるかやられるかというドラマらしいから、シビアなトーンのものだろうと思って見始めたら、これがもうマンガタッチのおちゃらけドラマで、あきれ果ててしまった。同じNHKの土曜ドラマ『七つの会議』の緊張感溢れるトーンを期待していただけに、がっかりした。まあ、暇つぶしにいいのかもしれないが、あまりに演技と演出が稚拙すぎる。たぶん今大人気の『半沢直樹』の向こうを張っているのかもしれないが、足もとにも及ばない。

 トーンの形成には、演出が大きく関わるが、美術というか映像処理というかそういう面が大きいこともある。代表的なのは『相棒』で、特に初期の頃のものは、ぼくが勝手に名付けている「相棒ブルー」という深い青でほとんどのシーンが統一されていて、それが独特の雰囲気をかもし出している。同じプロデューサーだったと思うが『臨場』では、今度は極端に緑や赤が強調されるハイコントラストの映像が印象的だった。

 音楽もトーンを決める大きな要素だ。この前終わったNHKの『激流』は、千住明作曲のメロディと、深いギター(?)の音色と、グレイの主題歌などが、とてもいい雰囲気を作り出していて、ドラマの基本的なトーンの形成におおいに寄与していた。ドラマ自体は、後半がやや腰砕けだったのは残念だったけれど。

 そこで、いよいよ真打ち『あまちゃん』だ。これは、真面目なトーンとお笑いのトーンが絶妙にミックスされていて破綻しないところが何といっても凄い。こんなことをやったら普通はとんでもないデタラメなドラマになるはずなのだが、それがそうならない。ちなみに『純と愛』は、この逆で、破綻して崩壊してしまったドラマだった。(ぼくは今でもCMなんかに夏菜が出てくると、いまだに「純」を引きずっているのが見えてしまって痛々しくてならない。はやく「悪夢」から抜け出してほしい。)

 『あまちゃん』のこの二つのトーンの調和は、実はそのテーマ曲にすでに現れていたのだ。軽快で、軽薄ですらある出だしの部分から、海が広がるシーンになったときの爽やかで雄大なメロディー。しかし、この音楽の軽快さが、ときにドラマの内容とずれることがある。そんなとき、一回だけだが「音楽はこんなに軽いのに、お話は深刻です。」というようなアキのナレーションが入った。これにはびっくりした。かつて、ドラマの中で、テーマ曲との関連に言及したことが語られたことがあったろうか。いかにこのドラマの制作者たちがトーンに敏感なのかが、このことをとってもよくわかる。

 『あまちゃん』もいよいよ終盤にさしかかっている。このトーンの中で「震災」がどのように描かれるのか、おおいに注目したい。さしあたって心配なのは「夏ばっぱ」の病状なのだが。


 

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