38 世の中、知らないことだらけ  

2013.8.3


 仕事の関係で、普段ならまったく調べようともしないことについて詳しく調べることがあるのだが、あまりにも意外なことがありすぎて、今までいったい何をしてきたのだろうかと恥ずかしくなったり、いやいやこれは面白いぞと思ったりする日々である。

 刀鍛冶の職人といえば、白い装束なんか着て、溶けた鉄を大きなハンマーなんかで叩いている姿がすぐに目に浮かぶが、何度も炭火の中に刀を入れては叩くというあの作業は、鉄を伸ばして刀の形にするためにやっているのだとばかり思っていた。みなさんはどうだろうか。

 いや、あれは、もちろん形を作るという意味でも重要なんだけど、実はああして炭素を鉄の中に染みこませているんだよ、って答えられる人が何人いるだろうか。

 炭火の中に鉄を入れると、炭素が鉄の表面に付く。それを叩くと炭素が鉄の中に染みこむというか溶け込むというか、そういうことが起こって、段々鉄の炭素の含有量が増える。鉄は炭素の含有量が多いほど、硬くなる。炭素を含有する鉄を「鋼」というのである。刀鍛冶はああやって強い鋼を作っているのだ。

 今まで鋼というのは、「硬い鉄」ぐらいにしか思っていなかったが、実は、鋼は鉄と炭素の「合金」なのだそうだ。え〜っ、そうなの? って思った。「合金」というのは金属と金属を混ぜたものぐらいにしか思っていなかったが、たとえば「デジタル大辞泉」によれば、「合金」は「ある金属に他の金属や非金属を溶かし合わせたもの。成分の数によって二元合金・三元合金とよび、基本となる金属によって鉄合金・銅合金・アルミニウム合金などとよぶ。真鍮(しんちゅう)(銅と亜鉛)・鋼(鉄と炭素)など。」と説明されている。

 チンパンジーのゲノムと人間のゲノムを比べると、98.8パーセント同じなのだそうだ。つまり、人間とチンパンジーは、ゲノム的にいうと、その違いはわずか1.2パーセントしかない。人間はつまり、ほとんどチンパンジーなのだ。しかも驚くべきことに、イネのゲノムの中にも人間と同じゲノムが約40パーセント見つかったという。ゲノムという観点から見ると、実は生物はみなどこかで「つながっている」というわけだ。これはすごい。これを知ると、人間観、生命観が変わる。

 20世紀になって、物理学は劇的に変化し、いわゆる量子力学というものが登場した、ということすら、詳しくは知らなかった。アインシュタインの相対性理論のことは嫌になるほど聞いたし、何でも光と同じ速さで宇宙に飛んでいくと、歳をとらないとか、四次元の世界があるとか、まあそんなことを「知っている」というか「聞いたことがある」というか、いってみればドラエモンと関係あるのかも、というレベルの知識しかなかった。それが、ちょっと調べてみると、量子力学というのは、とんでもなく面白い世界であることが何となく分かったような気がした。

 『量子力学がみるみるわかる本』(PHP研究所・500円─安い!)という簡単な(実はぜんぜん簡単でもなく、「みるみるわかる」なんてことはありません。でも、専門書なんか読んでも絶対に分からないから、相対的に分かりやすいとはいえます。)本には、ミクロの物質(ウイルスとかいったレベルではなく、原子を構成するような更に更に小さい物質)というのは「誰にも見られない時は波になっていますが、誰かに見られると急に粒に変身してしまいます。」なんて書いてある。「波」は、いつもふらふらゆらゆらしているので「住所不定」で、捉えることができない。つまり「ここにいるともいえるが、あそこにあるともいえる」という状態なので「見る」ことができない。見ようとすると、「粒」に「変身」してしまうのだそうだ。こうした性質は、実はマクロの物質(ぼくらが見ることのできる物質)にもあるらしいのだが、その波の広がり方が小さいので、「ほぼ一点にある」のだとか。とすると、ぼくという人間も、実は「波」で、黙ってたっていても実は微妙に位置を変えている、ということだろうか。見ようとすると、姿を変えてしまい、ほんとの姿は決してみることができない、なんていうのも何だか面白い。無限に想像が広がる。

 まあ、そんなこんなで、世の中、知らないことだらけだ。身近な例では、安い焼き肉屋の肉が、いろいろな肉を混ぜ合わせて形を作った「成型肉」と呼ばれる肉やら、普通の肉に脂肪を注射して霜降りにしている肉やらが多いとか、回転寿司の魚は偽物が多いとかは何となくそうだろうなあとは思っていたが、スーパーで売ってる「サイコロステーキ」の肉は、ほとんどが「成型肉」なのだということまでは知らなかった。面白いではすまされない。

 知っていなければいけないこと、知っていた方がいいこと、知っていると面白いこと、知っていても知らなくてもどっちでもいいこと、知らない方がいいこと、などなど、知識というものも、さまざまである。でも、みんなが知らないうちに憲法を変えちゃおうぜ、なんてことは許してはいけない。「知る」ことの意味を、もう一度「知る」必要がある。


 

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