23 「信号」は「青」? 

2013.4.27


 「言葉とは何か」という加藤周一の短い文章が、中学1年生の国語の教科書(教育出版版)の冒頭に載っている。冒頭といっても、見返しの裏、扉の前だから、あまりきちんと扱わないことを前提にしているのかもしれないが、これが中1の最初の教材としてはヒジョーに難しい。何しろ、いきなり、「言葉は記号である。」で始まるのだから大変だ。これを説明するだけで、何時間もかかってしまいそうだ。現に去年は、3時間ぐらい費やしたような気がする。

 中1の授業が始まって、自己紹介だけで2時間を使ったりしたものだから、生徒も面食らったかどうかしらないが、あの先生、いつになったら「まとも」な授業をやるんだろうと、さすがに3時間目ぐらいになると、不安そうなマナザシがチラホラ見えるようになった。

 教科書を開いて、1ページ目から、順々に読んでいくというのが授業なわけではない。難しそうな文章を「読解」するだけが授業じゃない。小説の感想を述べ合うだけが授業じゃない。教師がいつ果てるともしれない昔ばなしをしても、それが授業にならないわけではない。とはいえ、だからといって、えんえんと自己紹介をしていればそれで立派な授業デアルと胸を張って言えるものでもない。生徒の不安ももっともである。

 で、それなら、やってやろうじゃないの、ということで、教科書のいちばん最初に載っている「言葉は記号である。」である。

 これ、簡単そうだけど、難しいよ。そもそも「記号」って何だ? 「え〜と、何か、あることを伝える、言葉みたいなもの。」「なんか、あの、かたちみたいなヤツ。」「え〜っと、え〜っと、」とまあ、混乱状態だが、結構いい線いっている。

 つまりだね、記号っていうのは、辞書によれば「決まった内容を表すしるし」ってことだね。「しるし」っていうのも漠然としているけど、「かたち」っていってしまうと、音としての言葉なんかは困るから、まあ「しるし」っていってるわけだ。で、言葉は確かに「決まった内容」つまり「意味」を持っているから「記号」だってことだ。「意味」っていうのは「決まって」いないと大変だね。お母さんが「リンゴ買ってきて。」って言っても、「リンゴ」の意味が毎日コロコロ変わったら、何買っていいんだか分かんなくなっちゃうもんね。「ふん、ふん。」

 で、さあ質問です。言葉以外の「記号」にはどんなものがあるでしょう。「交通標識!」「地図記号!」「顔文字!」うん、いいねえ。「顔文字」は言葉っぽいけどね。いちばん身近で、「決まった意味」じゃないと命にかかわる「記号」っていったら何だ? そう「信号」だ。

 ところで、信号の「赤」は、どういう意味? 「止まれ!」そうだね。じゃ「青」は? 「進め!」そうかなあ。「青」は「進め」じゃないよ。「進んでもいい」だ。「赤」は「止まってもいい」じゃなくて「止まれ」だけどね。もしも、「青」が「進め」だったら大変だよ。横断歩道でお腹が急に痛くなったから少し休もうとしても、「進め」だったら休めない。足の遅いおじいさんが、「次の青でゆっくり渡ろうかなあ。」なんて思っても、「進め」だからといって無理して渡って、横断歩道の上で車にはねられたりするかもしれないもんね。

 そういえば、昔は、歩行者用の信号は、青でチカチカするなんてことなかったんだよ。だから結構大変だった。で、「黄色」は? 「注意!」そうじゃないでしょ。ただ注意したってしょうがない。注意したかどうかなんて、誰にもわからないよ。「黄」は「止まれ」だ。でも「赤」と違うのは、「場合によっては進んでもよい」ということだ、たぶん。昔、自動車学校でそう習った気がする。

 なんてことをしゃべっていると、やっぱり「昔」が割り込んできて、せっかく教科書に入ったのに、全然進まない。ぼくの授業の「信号」は「青」だ。いや「黄」か?


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