21 ときどきしつこい 

2013.4.13


 つらつらオノレの人生を振り返って、何もかもが間違いだったと思うときもあれば、すべてこれでよかったのだと思うときもある。いや、それでは正確じゃない。すべて間違いであり、同時にすべて正解だった、といった方がいいかもしれない。要するに、人生には「間違い」も「正解」もないということだ。人間には、そもそもそういうことを判断する資格がない。人間の運命は、神のみぞ知る、というのが、たぶんいちばん正しいし、いちばん納得のいく答えだ。

 4月に福井、金沢へ旅をし、金沢では室生犀星がその凄惨とも言うべき幼年時代を過ごした雨宝院を訪れ、また犀星の生家跡に建てられた室生犀星記念館をも見学し、そして犀星が眺めたであろう犀川の流れを眺めながら、やっぱり大学の卒業論文で扱った犀星の研究をそのまま地味に続けたほうがよかったのかなあなどという感慨にしばしふけった。あの頃は、重箱の隅をつつくような地味な近代文学の研究なんぞはオレには無縁だとばかり、さっさと大学を出て、教職に就いた。そして、その後も、犀星に関してはほとんど研究らしきこともしなかったし、金沢に犀星の記念館が出来たということを知っても、そこに行ってみようとさえ考えなかった。

 金沢へ初めて行ったのは、大学に合格し、ほっとした春休みのことだった。青海町(現糸魚川市)の母の実家へ遊びに行ったおり、ついでに出かけたのだが、その頃は犀星の名前は知ってはいたものの、雨宝院のことも知らず、ただ犀星の文学碑を見て、犀川をぼんやり眺めただけだった。それが縁でというわけでもないが、卒論では犀星論を書いた。それなのに、その金沢へその次に出かけたのが45年後の今回だった。なんという「薄情」なヤツなんだろう、おれは、とつくづく思ったのだった。

 大学を卒業したころは、自分は細かいことを調べるのは苦手で嫌いだと思い込んでいた。ものすごく飽きっぽいから、コツコツと資料を集めることなんてできっこない。だから学者なんか、いちばん向いてないんだと思っていた。そんなことより若い生徒を相手に楽しく授業をやる方が、よっぽど自分には性に合っているんだと思っていたのだ。

 ところが、どうも、近ごろ、そうでもないんじゃないかと思うようになってきた。雨宝院で、住職から昔のことを細かく聞いていると、飽きるどころか興味は尽きない。もっと知りたいと思った。犀星に関しては、それでも結構よく知っていると思っていたのに、知らないことが山ほどあったことに驚いた。なるほど学問の道は奥が深い。

 たとえ大学に残らなくても、せめて犀星の研究でも続けていれば、亡くなった犀星の娘の朝子さんともきっとお話することができたろうし、犀星記念館の開館にあたっても、何かお手伝いもできたかもしれない。そのように長い時間をかけて、犀星に寄り添っていれば、いろいろと得るものがたくさんあっただろうなあなどと思ったりもした。

 それより何より、ぼくは、やっぱり、かなり、変だ。

 旅行から帰ったあと、家内が言った。やっぱり、あなたは、ちょっと変。ときどき異常にしつこくなるもの。永平寺に行ったときだって、あの、ほら、虫。カゲロウ? あのときの写真の撮り方みていて、もう、どういう人なんだろうって思った。もう、ほんとに、いいかげんにしろって感じだったわよ。

 永平寺の山門をくぐったとたん、突然目の前に現れたカゲロウの大群に、あ、カゲロウだ! って思った瞬間、もう夢中になってしまって、カメラのシャッターを押し続け、60枚ほどの写真を撮った。いったんこういうことにはまると、ぼくは、ほんとうに異常にしつこくなる。いつまでも、エンエンと撮っている。もちろん、周りのことも全然分からなくなってしまう。家内の言葉を聞きながら、そういえば、あの時、ウンザリした顔で家内が、もういいんじゃないの? って言ってたなあと思い出した。あのとき、家内が何も言わなければ、家内をほったらかしにして、何百枚の写真を撮っていたかしれやしない。こういう類のことが、ぼくには結構あるのだ。

 これについては猛省すべきことは多々あるけれど、それはそれとして、別の観点に立つと、オレは案外、学者でもよかったんじゃなかったのか、なんて思うのだ。学者向きじゃないなんて、何で思ったんだろう。そんなことを今更思ったって、後の祭りではあるけれど、ひょっとするとオレの人生は間違ってたんじゃないか、なんてことを、ふと思ったりするというのも、こういう事情があるからなのだ。

 でもまあ、飽きっぽいことも確かだし、薄情なことも確かだ。長い時間をかけて、一人の作家に寄り添うなんてことの魅力は、歳を取った今だからこそ分かったのであって、若い頃からずっとそういう生き方ができたわけでもないだろう。

 しつこいことはしつこいが、ときどきしつこいだけである。やっぱりこれでよかったのだ。


写真はこちらにあります。 ●永平寺のカゲロウ

Yoz Art Space」に、今回の旅行の写真を連続掲載しています。 


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