99 身辺整理の日々

2011.5.3


 怒濤の身辺整理の日々である。本の処分はいうまでもないことだが、たまりにたまった年賀状や手紙の類、写真やそのネガフィルム、果ては昔撮った8ミリフィルムまで、どこからどう処分していいのか分からないほどである。そんな日々を送っているので、ふと本屋でみかけた『美しき身辺整理』(竹田真砂子・新潮社)という本を、題名に惹かれて衝動買いしてしまった。悪い癖である。

 読んでみると、時代小説の作家だけあって、江戸時代の暮らしに関する記述が大半を占めていて、実際的なアイデアはそれほど豊富に載っているわけではなく、ちょっとがっかりしたが、中にドキッとする部分もあった。

 生活をスリムにするだけではなく、自分の体もスリムにせよ、というのである。年寄りは痩せよというのだ。どうしてか。介護が楽だからだ。歩けるうちはいい。しかし寝たきりにでもなって、介護されるようになった場合、体重によって介護者の負担は全然違ってくるというわけなのだ。これは著者の実際の介護経験によっていて、あるとき母親が風呂場で倒れたのだが、その時の母の体重は著者よりも10キロ多く、風呂場から寝室に連れてくるのも大変だった。しかしその後、寝たきりのような状態になったころには、だいぶ痩せていたので、ほんとに助かったというのである。

 これを読んで、それは確かにそうだと思った。家内も2年以上にわたって、自宅で自分の父親の介護をしてきたのだが、寝たきり状態になったころには元気な時の半分近くに減っていた体重が、献身的な介護のせいか途中で10キロも増えてしまった。それが非常に大変だったというのである。家内が腰を痛めたのもその頃だった。体を横に向けるだけでも、40キロの体と50キロの体ではえらい違いである。

 「痩せなければ!」と思う場合は、たいていは、自分の健康のため、あるいは美的な価値のためである。しかし、介護者への負担を考えて、という発想は、やはり実際の体験のない人からは出てこないものだ。

 その本に書いてあったもうひとつの役立ったことは、「大切なものから捨てよ。」ということだ。普通、ものを捨てる場合は、いらないものから捨てる。そうすると、これだけは捨てられないといったものが残ってしまう。そういう大切なものは、死ぬまで持っていればいいのだが、そういう甘い態度でいると、結局大切なものだらけになって、何にも捨てられないということになる。だから、とにかく、自分にとって大切なものを思い切って捨てることだというのである。自分にとってどんなに大切なものでも、他人にとってはまったく価値がないと著者は言うのだ。

 そう言われてみるとなるほどそのとおりだ。むしろ、自分にとって大切なものほど、他人には価値がないといったほうがいいかもしれないくらいだ。別れた恋人の写真を、結婚しても捨てられなくて未練たらしく持っていて、挙げ句の果てに奥方に見つかって大騒動なんて話をよく聞くが、これなんかその代表的な例だろう。愚かなことである。

 自分にとって大切なものは、他人にとっては価値がない。これを肝に銘じよう。


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