63 売れればいいのか

2010.9


 水嶋ヒロという男が、俳優としての活動を停止するとかしないとか、そんなことをテレビの芸能ニュースでやっていた。そもそも水嶋ヒロって何者? って思って見ていたら、経歴が紹介された。

 女子アナが、興奮気味の声で「何と小学生時代にはスイスに住んでいたのです!」と言う。だから何なんだ。スイスで子ども時代を過ごしたことがそんなにスゴイかと、いきなり腹が立つ。中学高校ともに桐蔭学園で、高校時代にはサッカー選手、しかも全国大会でベスト4まで行きましたといって、その時の写真を出した。なるほどかっこいい。イケメンである。スイスはべつにスゴクないが、イケメンのサッカー選手というのは褒めてあげてもいい。

 その後、「スポーツ推薦ではなくて、受験して慶応に入り」とわざわざ断る。頭もいいのだということをどうも強調したいらしい。受験して慶応に入れば頭がいいことになるのかどうかは知らないが、まあスゴイのだろう。しかし、ここで「重大な挫折」を味わったという。ケガをしてサッカーを続けられなかったというのだ。このくらいの挫折ならいくらでも転がっていると思うのだが、まあいいとして、その後、何かのバイトをしていたが、もっと割のいいバイトということでモデルになった。ここがスゴイといえばいちばんスゴイ。やっぱりイケメンは得なのだ。

 さてその後、仮面ライダーに出演することになり、あっという間に、トップ俳優に上り詰めた。そして綾香と結婚。

 で、いろいろあって、俳優だけじゃなくて、作家になりたいと言っているらしい。どこまで本人の意志をテレビが把握しているのか知らないが、テレビの方では、さっそく扶桑社の編集部に出かけて、女性の編集者にインタビューする。「水嶋さんに作家としての可能性はあるのでしょうか。」それに答えた編集者。「あると思います。人気のある俳優さんですし、彼の書いたものを読みたいと思う人も多いでしょうから。」

 この答えには驚いた。

 そうか出版界はここまで落ちぶれたのかとつくづく思った。「作家としての可能性」を、編集者は「本が売れる可能性」に即座に置き換えてしまっていて、そのことに何の疑問も感じていない。しかもおそらく彼女は水嶋ヒロの書いたものを何一つ読んではいないはずだ。作品を読まなくても、「作家としての可能性がある」と言えるのは、要は「売れればいい」と思っているからに他なるまい。まったく、あきれ果てたことである。


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