57 甲子園の土

2010.8


 珍しく夏風邪をひき、しかも37度から38度にかけての熱がなかなかひかず、結局何とか「平熱」に戻ったのが1週間後だった。体はだるく、体中のいろいろなところも痛いので、その時期はほとんどごろ寝して高校野球を見ていた。こんなにちゃんと見たのは久しぶりだ。

 たたけばいろいろホコリの出そうな高校野球だが、37度代の熱ですっかりやる気を失っている情けない高齢者からすれば、37度をも超えようというグランドで、泥まみれになって走り回る高校生の姿は、やはり眩しくうらやましく感じられる。

 甲子園には魔物が住んでいるという言葉があったような気がするが、今回の仙台育英と島根の開星の試合などは、ほんとうにこういうことってあるんだなあと、空恐ろしくさえ感じられるほどだった。しかも後で気がついたのだが、開星はこの春の選抜で、前監督が不謹慎な発言をしたことで大変な事態となった学校だった。バッシングもあったらしい。それを乗り越えて出てきたのに、あまりに悲惨な結末だった。タタリだあ、なんて思いたくなってしまうほど「魔的」なものを感じてしまった。

 それはそれとして、いつ見ても違和感のあるのが、あの「甲子園の土」だ。最近では専用かと思われるような袋を全員が持ってきていて、それを指定された場所に一直線にひざまずいてかき集める。その姿をローアングルで撮ろうとカメラマンが生徒の前に腹ばいになる。なんか、すべてが、みっともない。

 この習慣の始まりは、1937年大会の熊本工業の川上哲治だとか、1949年大会の小倉高校の福島一雄だとか言われているようだが、それはそのときのふとした思いつきだっただろう。それをまねする者が出るものやむを得ないし、当然かもしれない。しかし今は一種の「やらねばならぬ」ショーになってしまっている。すべてお膳立てが整ってしまっていて、さあどうぞというわけだ。

 その昔、巌流島の決闘のとき、武蔵は小次郎が刀の鞘を投げ捨てたのを見て、「オヌシの負けだ。」と叫んだ。「なぜ?」と小次郎が問うと「勝って帰るつもりなら、なぜ鞘を捨てた?」と問い返した。そのとき、すでに勝負はついていたのだ、という有名な話がある。

 泣きながら土を袋に詰める生徒を見ていると、「勝つつもりなら、何で袋を持ってきたか?」と問い詰めたくなってしまう。どこかに、「袋なんて持ってきてないよ。」といって颯爽と球場を去ってゆく高校はないものだろうか。


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