56 どう思われたっていいのだ

2010.8


 ぼんやりテレビを見ていたら、小学5年生ぐらいの子どもたちが出てきて、会議のようなことをやっている。コルチャック何とかという集まりらしい。そういえば昔『コルチャック先生』という映画を見たなあと思いながら見ていると、妙に神経質そうな男の子が「ぼくは人にどう思われるかということばかり気になってしかたがないんです。」といったような発言をした。それに対して、女の子が「あまりそういうことは気にしないようにしたらいいと思う。」と言ったり、別の男の子が「何かほかのことを考えたり、したりして気を紛らわせるようにすればいいと思う。」などと言ったりしていた。

 なんか大変だなあ、今の子たちというのは。オレは小学校でも、中学校でも、高校でも、人にどう思われているかなんてことで悩んだことはないけどなあ、と呟くと、家内が、それはそうでしょうよ。だからあなたは幸せだっていうのよ。だけど普通の人の悩みってだいたいこういうことなんじゃないの? って言う。

 そうなのか、と妙に感心した。

 まあ、ぼくにしても、他人がぼくのことをどう思っているかがまったく気にならないわけではない。職場では何かと文句の多いぼくだから、きっとぼくのことを快からず思っている人たちも数多いことだろうし、特に「上司」のような立場の人々にしてみれば、めんどくさいやつだと思われていることだろう。でも、そういうことは、ぼくにとっては大きな問題ではない。どうでもいいことなのだ。

 だからといって、自信たっぷりなわけでは全然ない。それどころか、オレはバカなんだ、というのが基本的な自己認識なのである。だからといって、禅坊主きどりで、ワシは愚者じゃと悟りきっているわけでもさらさらない。

 高校時代などは、ずいぶん友人にひどいことを言われた。演歌を歌うと、そんな泥臭い歌を歌うなと言われるし、詩を書くと、幼稚だと批判されるし、ひどいときは、遠足のバスの中で『アルプス一万尺』の替え歌で「橋の上からションベンすれば、川のドジョウの滝登り」というのを歌ったら、その後のホームルームで、担任の教師から「そういう生理現象を扱った下品な歌はよくない。」などと公式に批判されたり、民謡を歌った後のホームルームでは「みんなが知らない歌を歌って得意になっている。」とこれも公式に非難された。

 けれども、そのことで落ち込んだという記憶がない。結局、バカでノウテンキだということだろう。



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