42 妙に嬉しい5000円 

2010.5


 よくは知らないが、プロスペクト理論というのがあって、たとえば、同じ1000円の損でも、1万円持っている人と10万円持っている人とでは、その損に対する主観的な感覚は違う。つまり「損したあ!」というショックの度合いが違うということで、これを専門的には「感応度低減性」と呼ぶらしい。そんなことは何も理論というほどの大げさなことではなくても、日々ぼくらが感じていることだ。

 例えば先日、入って来ないと思っていた年金の一部が振り込まれていて、不審に思って問い合わせたら、それは出るのだという答えが返ってきた。2ヶ月で5000円ほどという、たいした額ではないのだが、妙に嬉しかった。もっとも、5000円が「たいした額」かどうかは、事実としては論じることはできない。中学生にとってはおそらく「たいした額」だが、60歳の男にとって「たいした額」かどうかはそれこそ人それぞれである。しかし少なくともつい先月までは、2ヶ月に5000円の収入があるということに対してそれほど嬉しく思うことなんてなかったはずのぼくが、今回「妙に嬉しい」と感じるのは、4月から給料が初任給並みに激減したからで、ぼくのお金に対する「感応度」がひどく変わったことは確かだ。

 また「損失回避性」というのがあって、これは、死亡率10%と生存率90%という表現は数学的には等価であっても、死亡率のほうをより誇大に受け取ってしまう、ということだという。人は「損失」の方を気にして、ちょっとでも損をするとなるとびびってしまうということだろう。確かに新型インフルエンザの死亡率は10パーセントだと言われたら相当あわててしまうだろう。いや生存率は90パーセントあるんですよと補足されても、ちっとも安心できない。

 しかし、もし飛行機が墜落しても生存率は90パーセントですと言われたら、ぼくだって乗るかもしれない。10パーセントは死ぬんですけどと言われても、降水確率10パーセントでは傘を持っていかないのと同じ感覚で無視してしまうかもしれない。

 まあこういうことを研究して、そこから「行動経済学」というものが生まれたということらしいが、それはつまり、どうしたら人間にモノを買わせることができるかという研究なのだろうか。金のあるヤツからどうやって金を絞りとるかという研究ならおおいに結構なことだが、ないヤツにも何とかして買わせてしまおうという研究ならやめてもらいたいものだ。


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