41 ミミズの幸せ 

2010.4


 4月だというのに、冷たい雨が降る日、職員室の窓から外の運動場を見ていたら、フィールドの芝生の上で5〜6羽のカラスがしきりに餌をついばんでいる。カラスの他にも、ツグミも7〜8羽、カルガモまで夫婦で来ている。フィールドは雨で水たまりができるほどだが、カルガモが泳げるほどではもちろんない。それにしても、彼らはいったい何を食べているのか。

 「やっぱり、ミミズかなんかを食べているのかなあ。」とつぶやきながら、どうして雨が降ると、ミミズが地表に出てくるのだろうかとふと思った。

 「あんまり雨が降って水がたまると、ミミズは溺れてしまうらしいですよ。」と物理の教師が言う。「へーっ。ミミズって溺れるの? じゃあ、土からミミズが出てくるのは、息が苦しくなるからなのか?」と言うと、今度は近くに座っていた生物の教師が、「ミミズを水の中に入れておけば、死んじゃいますよ。どのくらいで死ぬかは実験したことないですけど。」という。更に聞けば、ミミズは皮膚呼吸だから、水の中では酸素不足になって生きていけない。だから土の中に雨がしみ込んで、水だらけになれば、当然苦しくなって土の上に出てくるというのだ。

 そうだったのか。ぼくはてっきり、雨がふるとミミズは嬉しくなって地表に出てくるのだと思っていた。雨だ雨だと浮かれて出てくると、そこをカラスやツグミにぱくりと食われてしまう、そういうことだと思っていた。道路などにも、よく雨のあとミミズがのたくっていて、そのままひからびてしまうのも何度も見てきたが、あれも浮かれた挙げ句の不慮の死だと思っていた。

 しかし、実際には、溺れかけて苦し紛れに地表に出て来ていたのだとすると、そのうえ鳥に食われたり、道路でひからびてしまったりするのは、ほんとに踏んだり蹴ったりではないか……。

 しばしミミズの悲惨な運命に思いを馳せた後、近くにやって来た若い国語の教師に質問した。「ミミズは雨が降るとなぜ地表に出てくるのか。二択です。楽しいから。苦しいから。はいどうぞ。」すると彼はちょっと考えて「楽しいから。」と答えた。

 やっぱりそうだ。誰だってそう思うのだ。それは、地中は渇いていて暗く、喉も渇いているから、雨が降ると急に元気になって、はしゃいで土から出てくるというイメージを持つからだろう。しかしそれはあくまで人間的な感覚であって、ミミズのそれではない。ミミズの幸せは、やはりミミズにしか分からないのだ。


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