40 エリマキトカゲたち 

2010.4


 金魚屋でメダカを10匹ほど買ってきて池などに入れると、彼らはどうしていいかわからず、あっちへ泳いでみたり、こっちへ泳いでみたりして、水の中をしばらくうろうろしている。それが数時間たつと、すっかり落ち着いて、いかにもメダカらしい泳ぎ方をして、もう10年も前からここに住んでいますってな顔をしはじめる。

 入学して数日ぐらいの中学生を見ていると、このメダカたちをつい思い起こしてしまい、笑ってしまう。ただでさえ人の顔を覚えるのが苦手なぼくには、彼らの顔はほとんど同じに見えて、その点でもメダカと大差はない。

 今年は久しぶりに中学1年生を教えることとなり、ちょっと新鮮な気分を味わっているのだが、授業がいよいよ始まった日、中学昇降口の掃除の監督のために、中1の教室の前に立っていたら、教室からワラワラと出てきた中1の生徒が、それこそまだ慣れない池のメダカよろしく、わけもわからず廊下をうろうろしはじめた。ほんとうにこのまま帰ってしまっていいものだろうか、誰か一緒に帰る友だちはいるのだろうか、といったような不安そうな表情を漂わせた顔は、やはりどこかメダカに似ている。

 ふとその一人を見ると、制服の襟が立っている。勤務校の制服はジャンパー型で襟がついている。その襟が立ってしまっているので、エリマキトカゲみたいだ。本人は襟が立っていることにはまったく気づいていないので、思わず近寄って「ほらほら襟が立っているよ。」と言いながら直してやった。生徒はそれでもきょとんとして、何してるんだろう、このオジサンはといった顔をしている。ぼくはまだ授業をしていないので、まだ彼らに「先生」として認識されていないのだ。「ね、この制服は、こうやって襟をきちんと折らないと変なんだよ。」と言いながら、周りの生徒を見たら、あっちにもこっちにもエリマキトカゲだらけ。吹き出したくなるような珍妙な光景だったが、とにかく一人一人襟を直してやること10数名に及んだ。

 校内では、原則的には制服を脱いで、ジャージを着ることになっているので、彼らは、授業を終えて制服を急いで着たばかりなのだ。しかしいくら急いでいたとはいえ、こんなに多くのエリマキトカゲが出現するのは、日頃着ている服にはあまり襟がついていないからなのだろうか。

 あれから2週間ほどがたち、今ではエリマキトカゲはめっきり姿を消し、メダカもだんだん大きな顔をしはじめている。


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